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楽町楽家'10 報告

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「いしいしんじ VS 松井 薫」 町家対談 その1 はこちら>>

  前回に続く、小説家のいしいしんじさんと京町家情報センター事務局の松井薫さんの対談です。後半は町家をネタに、笑いあり、怪談(?)あり、構造学あり、哲学あり、お二人のマルチエンターテイメントぶりが炸裂する展開となりました。
小林亜里(友の会通信担当)

楽町楽家'10 報告◎「いしいしんじ VS 松井 薫」 町家対談 その2


長江家にて対談するいしい氏(左)と松井氏(右) 写真:中村侑介

〈家との不思議な出会い〉

松井 町家に引っ越してこられたいきさつを教えてください。
いしい 去年の2月までは信州の松本に住んでいました。借家の契約が切れることになった時、学生時代にも住んでいて土地勘もあった京都はどうかという話が出て、奥さんがネットで京都中数千件の物件をあたりました。ちょうどその頃、友人の芝居があって京都に来て、会場近くを歩いていたら、ネットで見て気になっていた家の近くだと、ふと気づきました。遊んでいる子どものボールがころころと足下に転がってきて、拾ってひょいと顔を上げたら、目の前に家があったんです。「あれ、ネットで見てたんこの家ちゃうか?」と、まるで何かに誘導されるように家と出会いました。
 この家は、初めて中に入ったときから女の人を感じたり、前の住人との不思議な縁があったりして、家の空気が自分のところに集まってきた気がしたんです。
 町家って、秘境というか何か人間と違うものを感じることがあるでしょう?犬とかも土間の吹き抜けの1点をじっと見つめたりすることがあります。ここ絶対なんかおるって。
 それは感じますね。ぼくも家にいて、巻貝みたいに、家に螺旋状にくるまれていくって感じることがありますね。
 螺旋は怖いですね。先が見えない。DNAも螺旋やし。
 家では2階にいても1階の音はまったく聞こえないのに、1階では2階の声が筒抜けに聞こえることがあるんです。一体どこからどうつながったり消えたりしているのか…。
 長屋はひとつの壁を共用しているでしょ。意外と聞こえへん音もあるんやけど、なぜか夫婦喧嘩とかは聞こえる。
 格子の向こうの音も意外と聞こえますね。子どもの声なんかイチローのレーザービームみたいに飛び込んでくる。
 町家は建築でいうと中間領域っていうのが広いんです。縁側とか屋根裏とか、中でもない外でもない空間、外のエネルギーと中のエネルギーがぶつかる所が多くある。エネルギーの差がある所は、じつは「何かが出る」所なんですね。
 もっと大きい話でいうと、宇宙のはじまりにもインフレーションっていうのがあって、ものすごい勢いで急膨張した時にごくわずかにできたムラが、いつしか形になり、星や宇宙を形作ることになったといいます。ある意味同じですね。
 町家に「何か」がいても不思議はなく、人間は自分が大将やと思っとるけど、実はちゃうんやないかと思います。

〈町家という共鳴装置〉
 うちは元々大家さんのお母さんが住んでいた家なんやけど、ある日、寝たきりのお母さんが手を叩いて笑った日があったそうです。それは僕らが家に引っ越してきた日だったそうです。ほんとにその家を愛していたら、その人の体が家になる、その家がその人になる、距離や物理的なものを越えてそんなこともあるんやと思います。そういう家に呼んでもらった、住まわしてもらったというのは、すごい光栄なことやと思います。家には人格が間違いなくありますね。
 蓄音機もそうやと思うけど、共鳴することってありますよね。自分が発している何かが同じ周波数で共鳴したとき、どこかにすごく強く届くっていうことがあると思いますね。
 町家には目に見えへん所とか聞こえへん所が多くあって、そこにこそ大事なものがあるって思わせてくれる。
 そういう装置なんですよ、町家は。格子の向こう側は道路で社会的な約束事で成り立っている。でもこちら側の庭は時計もいらず、時がくれば花は咲くし季節は進む。その両方を行ったり来たりできるのが町家の面白いところやと思う。ちょっと言い過ぎかもしれへんけど、あの世とこの世を行ったり来たりできるようなものやと思うんです。
 町家では、時間が伸び縮みする時があるんです。小説をいくら書いても時が進まへんときもあれば、2行書いて夜になるときもある。僕は、この家とのいきさつを考えていて気がついたことがあるんです。この家に「あんた京都の小説書きなさい、あんたの考える京都を書き。うち貸したるから」そう呼んでいただいたような気がするんです。
 家は自分が生まれる前からあってなんでも知っとる。土地自体も古く、戦場にもなっていて、どこだって墓場の上にあるみたいなもんや。そんな中にいるんやから、いしいさんの小説の世界にも違和感なく入っていける気がしますよね。
 今日はこの町家で蓄音機を聞いていかがでしたか?
 蓄音機は木の家で聞くのが一番いいなと改めて思いました。聞いていても耳が疲れない。でも家や部屋による違いもありますね。部屋が誰のどんな空間なのかっていうことによっても、音の響きは違うと感じます。
 中庭越しの離れの音もよかったですよね。屋外でかけると音は拡散してしょぼくなるはずなのに、不思議と音が抜けていかず、音楽の中にみんなでいる感じでしたね。
 中庭は上に抜けているように見えて、何かが全体を包んでいるのかもしれないですね。町家も蓄音機もほぼ楽器なんですね。鼓膜では聞こえへん音とかも、どこかで共鳴しているのかもしれませんね。

〈2010年6月5日長江家にて〉