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京町家再生研究会

食文化交流の場としての町家 ─―中京区・Ni邸 「三条猪熊・なかい」

内田康博(再生研究会幹事)
 前号(vol.51)の改修事例として掲載されているNi邸を訪問し、町家への思いや入居後の状況などについてお聞きした。

●住処として
 もともとお住まいのマンションから町家に移ろうと考えられたきっかけをお聞きしたところ、管理栄養士としての仕事の第一線を退かれ、これから家に居る時間が次第に増えることを考えると、人間関係の上でも、四季の変化などの自然環境の上でも外界から遮断されるマンションに一人で居ることの閉塞感が気になりはじめ、町家であれば隣近所や町とのかかわり、四季の変化などを感じながら暮らすことが出来ると考えたとのことだった。マンションは確かに便利で快適で安全でプライバシーは保たれるけれども、隣近所とのお付き合いは少なく、自分の家で何が起こっても誰にも知られることがないという不安があった。マンションに住む前は40年ほど伝統的な木造の日本家屋にお住まいの経験があり、その良さも悪さもわかっておられ、自分なりに住みやすいように改修して住むことに抵抗はなかった。老後のことを考え、1階は車椅子を使うようになっても問題ないように床の段差をなくし、脱衣室やトイレを広く取り、廊下も室内として巾を広げている。

中の間から
中の間から座敷、前栽を見通す
●サロンとして 「三条猪熊・なかい」
 Ni邸は、住まいとしてだけではなく、食育を中心としたサロンとしての活用を計画され、京町家まちづくりファンドのモデル事業の助成を受けて改修された町家の第1号として注目を集めている。幼稚園や保育所に出かけ、子どもたちに食の大切さを知ってもらう「食育キャラバン隊」の活動を、このサロンを拠点に広げていく予定である。

 完成して3ヶ月程であるが、新聞などの取材はもとより、京町家友の会や京町家作事組・京町家棟梁塾による見学会の他、国際ユニバーサルデザイン協議会の役員による見学会や、サロンとして活用していく仲間のネットワークの集まりなどがあり、もともとお住まいのマンションからなかなか引っ越して来られないと笑っておられた。
 ここを訪れる多くの人の感想を聞いていると、自分があたりまえだと考えていたことが思った以上に評価され、喜ばれているとのことだった。築120年の伝統をもつ町家を再生するだけでなく、設備などは現代の生活にも合うように手を入れることで、暗くて不便で狭苦しいものと思っていた町家が、落ち着いた、フレキシブルに使いやすい、前栽も含めて視線の通る広々と感じる室内空間を持っていることに気づいてくれる。また、体験することではじめて感じることが出来る凛とした空気を察知してくれていることがわかり、そこに日本人の遺伝子を感じておられた。町家がはじめての人にもそれは伝わり、そのよさを感じて漏らす感嘆の言葉に逆に感動しておられるとのことだった。食育の関係者だけでなく、仲間の音楽家の方からも、空間のすばらしさや、ここで演奏したいという言葉を聴くことが出来るのがとても嬉しいとのことだった。これからもここを訪れる多くのひとが、町家の空間の素晴しさを感じられることと思う。
 また、住みにくいとか、使いにくいといわれることもある町家を、ユニバーサルデザインの視点から再検証する試みも興味深いと思われた。廊下の巾や段差に注目するだけでなく、冠婚葬祭や季節ごとの用途の変化、生活の場と仕事の場の並存など、融通無碍な使われ方を可能にしてきた町家の潜在能力はもっと様々な形で生かすことができると思われる。

●今後の予定
 4ヶ月の準備期間を経て、4月末の食育に関するオープニングイベントを皮切りに、5月の楽町楽家でのコンサートやオープンハウスなども予定され、本格的にサロンとしての活用が始まる。食に関しても、音楽に関しても、またそれ以外でも、町家であることを生かした企画が温められている様子。住まいとして、そして、サロンとして、町家が融通無碍に活用される姿が見られることと思われる。

2007.5.1