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京町家再生研究会

心地よい町家を求めて、東京から住み移る

丹羽結花(再生研究会幹事)

三和土で仕上たハシリ(写真:末川 協)
 Kさんは東京で金融関連の企業に勤めている。数年前、少しまとまったお金がてもとに入ることになった。運用益が薄い時代である。お能に興味を持ち、京都へのあこがれが募り、通っていたときであり、路地の町家をセカンドハウスとして購入し、改修した。

 これからは人生も後半戦。老後の生活を考える段階だ。今賃貸で住んでいる都心のマンション暮らしは、オートロックなどのセキュリティが完備し、オール電化で安全、安心なはずだ。だが、何かおかしい。本当に安心、安全な住まいとはなんだろう。便利な生活にはない、自然とつながった町家に本格的に住むことを考えて、このたび、常住できる、もう一回り大きな町家を求めることになった。1列3室型の基本形、トイレやお風呂は別棟にあるという、典型的な町家に出会う。庭先には木々が茂り、高い建物にさえぎられていないため、空も見える。こうしてもともと6軒長屋だった中の一つを購入し、改修することにした。

 元の持ち主はお茶の先生だったというだけあって、玄関先にはつくばいがあり、数寄屋風の凝ったものとなっている。そのような意匠を部分的には生かしながらも、基本的には設計者や大工と話し合う中で、できるだけもとの形に戻すことになった。壁中にはりめぐらされていたベニヤ板をはがし、上がっていた床をたたきに戻す。2階の部屋拡張でふさがっていた火袋も元に戻した。部屋はすべて和室、畳敷きの続き間だ。プライバシーの確保に考慮して、階段を通り庭側に移動し、1階と2階は使い分けられるようにした。

 構造部分を優先して直し、建物として元の姿を取り戻すと、シンプルな町家の原型が見えてきた。意外な発見もあった。井戸の跡を調査してもらったところ、井戸水が使えることがわかった。思い切って復活し、台所や庭先で使えるように井戸水の水道管も設備した。復活した火袋の壁には亡くなったお母さまの描いた作品を飾ることができる。

 こういう家に住んだ経験がなくても、町家のよさを見出し、理解することはできる。住み続けた人たちが気づかなかった魅力もあるのだろう。交流会などの参加を通じて、町家居住者や技術者とのネットワークを構築できたことも大きな役割を果たしたようだ。

 これからは仕事の整理とともにいつ住むのか、ということが問題になるそうだ。これまでは月何回か、週末を使って行き来し、工事を見守り、相談してきたが、できあがってみると早く住みたくなってきたらしい。オートロックや監視カメラの代わりにご近所さんとつきあい、人の目によってセキュリティを作っていくことが今後の課題となる。


縁先の改修(写真:末川 協)
 復活した火袋、新しい階段の踊り場から空が見え、ゆっくりと雲が動いていくのがわかる。「ここが一番いい場所なんですよね」というKさんと一緒に、自然の風に吹かれてみる。女性が一人で老後を生きる場所として、どのようにすれば町家はよりよい住まいとなるのであろうか。新しく住み継ぐ形がこれから試みられる。町家本来のよさとはなにか、その魅力を理解してもらうためにはなにが必要なのか、京都以外の人たちにどのように周知するのか、さまざまな課題が私たちにも提示されている。

2012.9.1