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京町家再生研究会

無形文化財の器の改修―神泉苑狂言舞台

末川 協(再生研幹事)

20cm上がった建物

2階舞台の桧床貼

胴差と3本のササラの抜き替え
 昨年の3月、祇園祭の山鉾の仕事でお世話になっている京都市文化財保護課の村上氏より連絡を受けた。曰く神泉苑の狂言舞台の改修に、京町家再生研究会として現場で相談に乗るようとのことだった。明治39年の築造の2階建ての立派な狂言舞台であったが、折々になされた改修は、合板貼りや鉄骨や金物を使った構造補強など、その場しのぎや、伝統軸組工法に相容れない工事の跡が多く見られた。5月の狂言上演の後、翌年の公演が11月、平成25年度中に調査設計、平成26年度から工事着工で、その年の公演に間に合わす工程であった。

 5月1日に、実際に狂言を演じられる講中との打合せに向かった。講中代表の八木先生のお話はシンプルであった。狂言を演じる上で安全、安心な施設であること、年に数日の公演であり高級な施設である必要はないと。具体的な懸案としては、建物構造の性能(大人数が舞台で跳ねる、柱からロープでぶら下がる、手摺に足をかけるなど)、衛生上の問題(カビ、ほこり)、舞台の床のササクレや汚れ、床下の湿気、楽屋の天井の低さなどであった。5月2日、4日には狂言の上演される舞台の見学に出向いた。確かに大人数が2階で跳ねる演目では、舞台の2間半角を支える胴差が数cmたわみ、その衝撃で1階楽屋の照明が瞬く(断線している!)状態であった。被り物を付けた今日の演者には185cmの1階楽屋の梁下寸法は不足している。

 6月には実測と調査に入った。壁がない建物であり、不陸と倒れはバラバラであるがさほど顕著ではない。1階床の仕上げが地盤から10cm程度で、案の定、大引が直接土に触れるなど、蟻害の跡も多く見られた。但し石端建ての柱脚の状態は比較的良かった。屋根の表側は葺き替え済みだが、鏡の間と舞台北側の増築の差掛けは悪いままであった。舞台の床はもともとトコ板の上に杉板が貼られていた。そこに40年くらい前にラワンの塗装品が重ねられていた。外装の一部や、雨戸も築110年を経て限界に達している。あとは電気設備の問題で、幹線引き込み、分電盤がなく、50年近く前の照明器具が使われていた。まち場で行う町家の改修工事と同じ手順、改修の必要な項目を拾い出し、優先順位を決め、拾い出しをして予算を組んだ。

 8月には文化財保護課、神泉苑の和尚様、講中、狂言のお世話をされる三若会の皆さんに改修設計を諮った。再生研での伝統軸組工法への考えをブレなくお伝えすると同時に、伝統軸組工法ならではの改修提案を諮った。石端建ての性能を損なわない範囲で、建物の柱を20cm根継ぎで揚げ前し、その10cmを1階の床下を持ち上げるために使い、残りの10cmを1階楽屋の階高に加える提案である。設計からの懸案は、舞台向かいの観客席からの狂言の見え方が変わることだった。もともと観客席など無かったと一言で提案を受け入れて頂けた。一方、肝心の2階床軸組の点検と補強については、現場勝負の概算提示に留まっていた。三若会の参加者から「この舞台のゆれ方は単純な胴差やササラのゆるみとは違う」。また演者のお一人からは「舞台床板にはたわみが必要で今の3重貼りの床にはそれがない」と。設計の技術者の領域外での意見を頂けた。和尚様に25年内に2階の床をすべてめくる了解を頂き、2階軸組の調査に向かうことを伝えた。お盆の晩であったが、老若男女多くの方々が打合せに参加されていた。京都の無形文化財は、こういう人たちに守られているのだと改めて思い至った。

 12月に2階軸組の再調査に向い、果たして8月のご指摘の通り、胴差とササラの片蟻の仕口の半数近くは外れかけており、築造時からフンドシ金物を使っている仕口もあった。その胴差も柱の上に載るだけの仕事で愕然とした。橋掛の胴差が蟻害で駄目なことも分かり、鏡の間の通し柱の三方差にも蟻害で補強がいることも。8月の概算提示枠に収まったものの、胴差2本とササラ4本、柱1本の抜替えを計画した。そして2月、再び関係者皆さんに調査を踏まえた改修設計を諮った。八木先生より舞台の床材だけ、桧の無節の1重貼りでとの注文があった。2重貼りの手間と材料費で相殺できると提案設計を吟味されていた。後に先生からは、特殊な事情があり現在の狂言堂が約1ヶ月の突貫工事で建てられたこと、前年(明治38年)築の仮舞台の材を再利用したと思われることをお教え頂けた。

 果たして今年の6月に本番の工事着工、若い大工方達が、お祭りまでに建物の揚げ前20cmを成し遂げた。想定外では、隣接住居の小屋組を舞台の構造と切り離す工事も含めて。鏡の間の通し柱は、添え柱の設計を超えて抜き替えに。蟻害が解体中に見つかった2本の柱も抜き変えに。舞台真下の胴差の抜き替えは、ねじれたササラの蟻のすべてを計って下からすくい込めるような仕事を。但し内外装の仕上げ材の杉の一等材はそのまま一等材で復旧。

 7月27日再び関係者に参同頂き、現場の進捗を確認頂いた。照明器具の新設提案も予算も了解頂けた。改修現場では当たり前のこと、工事範囲が綺麗になれば、それ以外の部分が気になりだす。11月の狂言公演に向けて、追加工事が膨らんだ。再生研や作事組がこれからも、まち場で実践する技術、フットワーク、単価で京都の文化財を守るお手伝いができますように。

2014.11.1