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京町家再生研究会

喫茶店の存在感――市川屋珈琲

丹羽結花(京町家再生研究会)
 2015年9月に改修現場見学会をおこなった市川邸が、11月に市川屋珈琲として開店。三日後の土曜日、再生研例会で十数名が訪れた。表通りの渋谷街道からガラス窓越しに奥のカウンターが見える。庭の緑を背景にとてもあたたかな印象だ。入口のガラスの引き戸をゆっくり開けて、まずは店内をぐるりと一周。吹き抜けの通り庭にある大きな焙煎機、代々の制作した器などの作品を拝見しながら、あちらこちらで会話がはずむ。「そろそろ座りましょうよ」と声を掛けて、ようやくみなさんが大きなテーブルやカウンター席に落ち着いた。なんだかゆったりとした感じで、和やかに談笑。賑やかな声も土壁がやわらかく吸収してくれるようだ。

 のびやかなカウンター席に座ると丁寧に珈琲を入れてくださる市川さんがよく見える。豆のこと、ネルドリップのこと、青磁のコーヒーカップのこと、5食限定の大福餅のこと等々、おじさんたちが次々とマイペースで繰り出す質問に穏やかに応えているうちにおいしい珈琲ができあがる。やりとりを楽しんでいるとあっという間に時間が経ってしまった。

 市川さん夫婦は、この2階に住みながら1階に店を開くことにした。市川さんは、老舗珈琲店に勤めながら、いつかどこかで自分の喫茶店を開こうとずっと思っていたが、自分の家で開店するというこだわりはなかった。

 きっかけのひとつは、屋根の雨漏りである。祖父が住み、窯を構え、陶器を制作していた町家だが、父の代で清水焼団地に移転。親戚が住んでいたあと、市川さんが独身時代に住み継ぎ、結婚して奥様も一緒住むことになった。ひどくなった屋根の修理を頼んでみると、本体をきちんと改修しなければ結局それほど長持ちしないと業者に言われてしまう。きちんと改修するならば「ここでお店をやってもいいのかな」という気持ちになった。作事組に相談に行った時にはすでに家の修理と店のしつらえをおこなうことに決めていた。だが、プランは相談しながら少しずつ変化していく。


外観
 変わらなかったのは、外から見えるカウンターを中心とした景色。「おかげさまでイメージ通り」と喜ぶ市川さんのカウンターへのこだわりは強い。喫茶店にとって一番大事なところであり、お客様と直接対話ができ、情報を受け渡すことが喫茶店の役割だという。世界にあふれている便利な情報ではなく、ここを訪れる人びと、ご近所さんにとって大切なこと、適切なことを伝えるのが店主のこだわりなのだ。訪れた人のほとんどが「ちょっと見てもいいですか」と断りを入れて店内を一通り歩き回る(再生研の会員だけではなく!)。そういう人には作事組で改修したことを伝え、町家の魅力を共有することができるという。

 奥様は「家が社会の入口になっているのはありがたいことですよね」とおっしゃった。職住一致という町家の特徴がこの一言に凝縮されている。当初は1階奥に住むことも考えていたが、2階の居住部分と切り分けることで、すぐに休める安心感と家に人が訪れてくれているという感覚が、いいバランスをとっている。おそらくこのようなお二人の気持ちが、お店の落ち着いた雰囲気に表れているのだろう。よそよそしいわけでも、「ゆるい」わけでもなく、ゆったりと落ち着いたところ。ミセが町家の中のよそゆきの空間であることを示している。


通り庭(火袋と焙煎機)
 ご近所さんとのつながりは情報だけではない。仕入れは業者の卸ではなく、パンやベーコン、大福餅など、地域で見つけた「自分がおいしいと思ったもの」をわざわざ自ら仕入れに行く。卸の方が安いのだが、価格や効率ではない。このようなことも会話の種となり、情報として広がっていく。町家のもう一つの特徴、地域である「この町」に生きていることを示している。

 昨今はやりの「町家カフェ」とは一線を画する喫茶店の誕生である。開店してからは先代を知っている人が懐かしく訪ねてくるなど、ご近所さんとのつきあいがますます濃密になってきた。夜、カウンターの灯りをいれておくと、通る人たちに興味を持ってもらえるだけでなく、夜道にホッとした明るさをもたらしている。「もっと早く開けてくれたら、モーニング食べてから仕事に行けるのに」と頼む人もいるそうだが、さすがに今はちょっと無理、軌道に乗ってから考えたい、とのこと。都市の中にあいまいにくつろげる空間がはびこるのではなく、職住が一体となりながら、きちんと住み分けられている、そんな京都のきまじめさと豊かさがここにはある。

 市川屋珈琲に来れば、おいしい珈琲をいただきながら町家のあり方を体感できます。珈琲のおかわり価格も設定されているので、心ゆくまでゆっくりとおくつろぎください。

市川屋珈琲
京都市東山区渋谷通東大路西入鐘鋳町396-2
OPNE 9:00 CLOSE 18:00
火曜定休

2016.1.1