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京町家再生研究会

長屋を住まいとして再生する−大家さんの思い

丹羽 結花(京町家再生研究会)
 下京の長屋を住まいとして再生するプロジェクトは、第1期で5軒を再生し、それぞれに新しい住み手を迎えました。現在、第2期に入り、6号を再生したところです。再生に踏み出されたご主人が亡くなり、奥さまが新たに大家さんになられました。変動の2年あまり、ずっとそばで見守っておられた奥さまがどんなふうに感じておられたのか、お伺いしました。(これまでのいきさつについては京町家通信105号、107号、111号をご参照ください。)

● ご主人の思い
 借家で収入を得る、すなわち商売として考えていない、お金はそれほどかけたくない、という気持ちから、活用されず空き家のままになってしまっていたようです。お金も建物もご主人の裁量なので、奥さまとしては何も言えない状態でしたが、「きちんと直して固定資産税が払えて維持さえできれば、そんなに大儲けしなくてもよい」とずっと思っておられたとか。奥さまも外でお仕事をされていますし、子どもたちにも家賃収入で食べるのではなく、自立して働くことをすすめてきました。
 それでもご主人が直してみようと思えるようになったのは、町家に暮らしている人、町家関連の活動をしている人が身近にいたから。さらに京都大学燗c研究室、前田昌弘さんがまちづくりのことで関わってくださったことが大きなきっかけになったようです。人とのつながりや客観的な評価が所有者には励みになるのかもしれません。

● 5軒の再生と相続
 銀行の融資をうけての改修だったので、「とにかく返済しなくっちゃ」という気持ち、しかも再生に踏み出したところで、ご主人の体調が悪くなってしまい、看病も重なりました。不安が募るばかり。でも、5軒すべてに住み手が入ってくれると少し気持ちに余裕もでてきました。
 ご主人は次の世代に渡すために6号を処分して相続税を支払う計画だったようです。奥さまとしては5軒が再生された段階で隣の6号がそのままというのは「あり得ない!」。融資の残りもあり、思い切ってご主人には内緒のまま、子どもたちと相談して、6号も再生することにします。税理士さんと相談していたら、相続税が圧縮できる方法がいろいろあることがわかりました。結果的に相続が発生しましたが、融資の返済もあり、思っていたよりずっと相続税が軽くなりそう、これなら払える!という気持ちになったそうです。しかも手続きには銀行がやってくれるところもあります。もちろん完了するまでにはいろいろあったようですが、お話を伺ったときはちょうどそれらがおさまったところでした。

● ターニングポイント:「わからない」不安を解消
 経験してみないとわからないことが多いけれども、いろいろな人のつながりで不安がなくなる。そうすると、「なんとかなるんやなあ」という気持ちになる。しかも負担金も軽減される。そしてこの不安を解消していったのは、人のつながりでした。再生を通じて、奥さまがつながっていく力、マネジメント能力を発揮されておられることがよくわかります。

● 住まいとして再生して
 もちろん大家さんとしての苦労はあります。たとえば最初の住み手の一人はイタチの駆除でもめて、半年で出て行かれました。お洒落な町家にファッション感覚で住もう、という人には、この町家は似合いません。虫もネズミもイタチも入ってきます。ご近所づきあいもあります。
 そこで不動産屋さんとも相談して、「町家に住むとこんなに大変なことがあります。それでも住みたかったらどうぞ。」という文章を入居希望者に見せて説明してもらうことにしました。大家さんとしての負担を減らし、ちゃんと住んでくれる人に来てもらうようにしたのです。
 「家は作品のように住むものではありません」という奥さまの言葉は町家の生活にとても大切なことです。住みやすいようにしてくれて良いけれども大事に長く住んでくれるといいな、という思いです。
 ゴミの出し方もいろいろ検討して、カラスネットを表にかけておく、仕事から帰ってから片付ける、というルールを作りました。「朝は時間があるので、路地掃きはしましょう」という住み手もおられそうです。ちょっと考えて工夫すれば、それぞれが大きな負担なく暮らしていく仕組みを作ることができます。お互いさまの生活ができるところが路地の魅力であり、大家さんが近くに住んでいるメリットでもあるようです。

● これからのこと
 ご主人は緑が好きで、いろいろな植栽がありました。ちょっとは整理しましたが、「あけびわ路地という名前がもはや世間では通用しているらしい」ので、あけびとびわは枯らしちゃいけない、と手入れしているそうです。「とにかくなんとかしなくっちゃ」という焦りから、「さてどうしようかな」という気持ちへの変化がこれからのことを考える余裕にもつながっているようです。

 お話を伺っていて、借家経営というとおおげさになってしまいますが、「借家で稼ぐ」のではなく、「固定資産税が払えたら十分」という気持ちが大切だと感じました。昨今、空き家の活用が語られますが、投資してもうけるのではなく、地道に生きていく手段として、住まいとしての再生があるのではないでしょうか。住まいとしていい形で維持できれば、京都のまちなかに町家の暮らしが当たり前のように生き続ける、京都というまちに大きく貢献していることになるのです。

 もう一つ大切なのは、人のつながり。新しい住み手との関係ももちろんですが、困っている所有者が再生へ至るまでには、多くの人々との出会い、つながり、励まし合いが必要です。そのような橋渡しこそ再生研の役割だと痛感しました。


2017.7.1