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京町家作事組

お宿「満き(みつき)」ー中京区


設計:クカニア/施工:アラキ工務店

 初めて調査に伺ったのは昨年の梅雨時だった。最近まで料亭として営業しておられたという店内は、いわゆる町家とは異なる数寄屋風の凝った造りで、大座敷にナグリの落とし掛や掛込天井など、細かな細工の見られる内装が残されていた。同時に、古くからの建物に都度手を入れておられたようで、庭をふさぐように設けられたトイレや離れの客室のさらに奥の薄暗い住居など、裏方も含めると一見して把握しにくい迷路のような空間でもあり、後述する大型町家の改修の難しさを体感することとなった。

 ご相談者は、当時料亭を営んでおられた方のご親戚で、ご自身の御祖父様もこちらで修業したのち、独立してご近所でお店を持たれたとのこと。幼い頃の父上も出入りされていたこの建物を残したいという思いから、できることならご自身の手で活用したいとご相談に来られた。活用のアイデアはいくつかお持ちではあったが、限られた予算の中で建物すべてに手を入れるのは困難なこと、傷みの激しい離れが急務の改修課題であることなど、諸事情を勘案して、母屋には極力手を入れず、離れを数組が泊まれる宿として改修することとなった。

 離れは木造二階建て、築年数は不詳であるが、閉鎖登記簿では解読できるだけでも昭和参年の記載が見受けられた。構造材にも丸太材が多用されており、調査に同行した棟梁のお話でも、母屋含めた建物の中で一番古いと推察されるとのことだった。建物の状態は、手入れが行き届いているとは言い難く、長年お使いの中で応急処置的に対応されてきたような印象である。かろうじて雨漏りの処置はしてあるものの、数カ所の天井には大きなシミも見られ、雨仕舞の影響か軒先の垂木は垂れており、瓦は今にもずれ落ちそうな状態であった。また、隣地の庭は地盤が高くなっており、その影響で雨水が床下に侵入してきており、庭に接する部屋は特に沈下がひどい状態であった。

 さて、今回の計画において特筆すべき点の一つは“宿にあたる範囲はどこか”である。敷地内には母屋と離れがあり、既存の配置上、道路に面した母屋を通って離れへアクセスするより不可能であった。宿の営業にあたっては法適合の為の整備が必要で、面積が大きくなると規制も厳しくなる。今回の場合、“宿”はどの部分にあたるのか。それぞれが管轄する法律も異なる中で、建築審査課や保健センターとも協議を重ね、外部渡り廊下を通った先の宿の玄関から先が“宿の範囲”となるとの回答を得た。(ただし建築基準法による用途変更の対象面積は、母屋の共用廊下も面積按分した数値を加えるとのこと。)今回のケースを利用すれば、大型で何かと手を付けにくい町家に対しても、部分的な利活用の道が開けるように思う。

 工事では、傷んでいた構造体の改修を優先事項に挙げ、屋根の葺き替え及び瓦の差し替えや軒先の補修、沈下がひどい部分の構造の揚げ前、剥落した土壁の補修などに着手。その上で、もともと客席だった1階と2階の座敷を宿の客座敷として整え、それぞれに水廻りを設けて独立した2室の客室とした。また、数棟の建物からなる料亭だったことも影響して、構造体以上に給排水・電気・ガス設備の実態把握と工事計画には苦労をした。工事範囲を限定する趣旨からも、なるべく母屋部分の既設配管等は利用したいが、図面等の資料もなかったため、各職方に現地で調査をしてもらい、経路確認の上、工事を進めてもらった。

 現場では、施主も積極的に工事に関わり、水廻りのタイル貼や障子紙の貼替え、照明や金物探しなどに奔走しておられた。釜座町家で行われたセミナーで左官親方のアドバイスを受け、織部床の壁を荒壁風にして屋号にちなんだ細工をされるなど、工事中の変化や職方とのやり取りを楽しんでおられた様子が印象的である。また、旅館業の届出などもご自身で申請され、建物を引き継ぐものとして、愛着と責任を持っておられる姿に感銘を受けた。昨今、この手の宿が急速に増えていると感じるが、ご近所で生まれ育ったご自身の体験を宿泊客への観光案内のツールにしたり、自らが運営などすべてを行う姿勢など、営利目的のみでなく愛情をもって生かされていく様を嬉しく感じた。母屋に対しても、のちのちの活用を思い描いておられ、いつか新たな姿で活用される日も楽しみである。

 末筆ながら、今後の満きのご繁昌とご発展をお祈り申し上げます。

南麻衣子(京町家作事組理事)

2016.1.1