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京町家作事組

愛車を仕舞う町家の改修: 出町柳An邸--左京区


設計:末川協建築設計事務所 施工:辻工務店


外観
 昨年の10月出町柳の町家の改修の相談に出向いた。購入を検討されている施主が工事の概算費用を知りたいとのこと、辻親方と事務局の森さんの3人でお会いした。不動産屋さんも同席で、買うことは決心されているご様子、購入費用と改修費用のローンを組むのに3日後に図面と内訳が必要とのお話であった。実測調査を行う時間もないまま、設計図書を作成することになった。お話を聞くとオモテの増築の洋室を撤去、間口4間の1階をぶち抜いて車を3台収納したい、駐車スペースと一続きの土間にLDKも設けたい、水廻りも新しくしたい、2階4室の天井もとって、直天やロフトにしたいとのことであった。ローンを組める上限の金額は決まっており、その枠内では「2階と水廻りは諦めて」「増築は無理」「構造上抜ける柱と壁は今後、検討が必要」と念押しした上で、不動産屋さんのポンチ絵を元に図面と見積もりを作成し工事契約に至った。一方依頼者のAn氏が描かれたパースのスケッチは綺麗で気持ちが入っており、夢の実現をお手伝いしたい気持ちも固まった。An氏は昨年、郷里の福島から京大の研究職に転職され、京都に住むなら町家、車と一緒に暮らせる町家を探し続けておられた。

 果たして2週間後ローンが決定、そこからが実施設計となった。建物の調査の結果、何本か柱が下っているものの軸組や屋根は健全で一安心、建物の立ちと矩は築造時からややおおらかな造り、2階別々の4室はもと京大生の下宿用とも思われ、左京区に残された町家ならではであった。

 An氏もやる気まんまんで、1,2階を繋ぐ吹き抜けや、清家清(せいけ きよし)風の可動畳床、ガラス貼りの浴室等のアイデアを持って来られた。そして2階の改修も水廻りの改修も全然諦めておられなかった。工事費は材料と手間で決まるもの、設計からのその都度の概算提示で「奥さんのヘソクリはないんですか?」「車を売ったらどうですか?」等々、不躾な切り返しにひるまれることもなく、楽しい設計の打合せが続いた。とはいえ車の収納1台分は諦めて、オモテの洋室は残すこと、左官のこそぎと中塗り仕上げはすべて施主の施工とすること、キッチン、SK流し、洗面化粧台、湯沸し器は既存の再設置、浴槽はサラにするもののシャワー付混合栓や追い炊き配管、暖房器も再利用、既存の床や天井板も活けコボチで出来るだけ再利用する、使える建具は全て使う等、コストの削減目標が決まった。


前栽に面した浴室

吹抜からの見下げ、愛車2台、移設後のキッチン
 設計の肝である町家への車2台の出し入れでは検討が要った。ヒトミ梁の成が1尺2寸、間口2間の開口はOKと判断した。ただし、2台目の車の出入りのため、1階洋室入り口脇の柱も抜く必要があり、それに瀟洒なモルタル製の庇の腕木が架かっている。柱を切って胴差で受けるにも相手の柱もない。ヒトミ梁から枠材を吊る束一本で胴差も吊る。面外の変形は枠材の成で持ちこたえる。机上で設計は出来てもAn氏に伝えるまで1週間考えた。「工事中に庇が落ちたら諦める」「洋室の壁にクラックが入ったら庇は落す」「将来2階オモテの床が下るならつっかい棒を設ける」、インフォームド・コンセントと合わせて図面をお渡しした。図らずも「町家構造事始」をお会いする前から丹念に読んでおられ、こと構造に関しては全幅の信頼を頂けていた。ローンの1.5倍の見積もりとなったが年内に実施図面が完了した。

 そして今年の初めから工事着工、解体では小屋裏からは立派な小屋組が現れたが、床下からも立派過ぎる基礎石や束石、RCの基礎が現れた。1階すべてを土間にする工事、予想外の撤去作業となった。2階大屋根下地に断熱材と杉板を貼る最中、An氏がご長男、ご次男と壁のこそぎに取り組まれる中、1月14日に記録的な大寒波がやってきた。1階全部土間は「寒いですよ」とお伝えしていたものの、さすがに東北出身のAn氏も考えを改め、2階から浴室に直接降りる階段がほしいと。建物オクの吹き抜けを南北振り替え、階段を追加することになった。決心も早いが動きも早いAn氏、すぐにネットオークションで箱段を購入され、それが階高に足りないと分るとすぐに継ぎ足し用の箱段を購入された。

 土間のRCを打つ直前にキッチンの移設先が本決まりになった。洋室の柱を胴差で受け替える工事も無事完了し、辻親方がお守り代わりに箱段横に先の改修で抜かれていた柱を補ってくれた。最後までこだわりのAn氏、洋室の玄関と通路の壁を抜いて建具にしたい、前栽の掃出しに引込みの内障子を設けたいなど。すぐに井川さんで古建具を調達された。

 果たして4月の末に工事完了、検査担当の木下理事長からは「何を検査すんの?」と言われるほど、仕上げ工事の少ない改修であったが、An氏にはご満足いただけたよう、5月末には多くの職方をねぎらいの会に招いて頂いた。引渡し時にがらんとしていた土間にいっぱいいっぱいの愛車が並んでいる様子に改めて、施主の町家へのこだわり、車へのこだわり、それを両立できる町家の懐の深さ、そんなことを学ぶことができた改修であった。

末川 協(京町家作事組 副理事長)
2016.7.1