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京町家作事組

過去からの継承と、これからの創造に、思いを馳せて


設計:末川協建築設計事務所・AtSpaceArchitects/施工:熊倉工務店

 今回の改修事例は、亀岡にある旧家。いわゆるうなぎの寝床と呼ばれる京町家とは大きく異なる、郊外型の民家だった。本来、作事組の活動範囲は京都市内に限られているが、情報センター会員の八清さんと旧知の仲の依頼者が、伝統木造に長けた改修者をご希望とのことで、私たち作事組を推薦いただいたとのこと。市外ではあるが、町家や伝統構法の保全・再生という本来の目的を鑑みて、ご協力させていただくことになった。
 亀岡駅からも程近い旧街道沿いの広大な敷地には、御屋敷と呼ぶに相応しい、入母屋屋根の平屋建て母屋が大きな中庭を囲むコの字型の間取りで配置され、二階建ての蔵二棟がそれぞれコの字の端部あたりに建っていた。平屋といっても小屋裏には十分人が立てるほどの余剰空間があり、メンテナンスのためにキャットウォークのように敷かれた松の厚板、床下や小屋裏までベンガラが塗られた構造材、中庭を囲む広縁には一枚板の縁甲板、廊下や水回りの壁は磨き漆喰など、随所に立派な材料やきめ細やかな仕事が見受けられた。
 広すぎるほどの母屋にお住まいだったのは、前述の依頼者のお母様。大正5年に先代が居宅として購入されたそうで、20年程前からご自身が住まわれているとのこと。ゆくゆくは長男である依頼者へ譲ることになろうが、その前に相続も見据えて土地などを整理しておきたい、かつ、ご自身の今後の生活のためにもコンパクトで住みやすい居住空間を、というのが改修計画の肝要だった。  そのため、計画は母屋の減築からスタートした。土地の分筆や建築条件と、母屋の架構状況から減築する範囲を決定し、分筆ラインも合わせて設定。母屋のほぼ半分と蔵1棟を取り壊すことになった。壊すにしては傷みのない蔵やコの字の縁側など、処分されるには忍びないものも多々あったが、庭石や古建具など引き取り手のあるものは次代の持ち主を探し、蔵のお道具などは掘り出し物市を通じて、売り上げが嵯峨清凉寺狂言堂の修復工事へ寄付されたという。すべて無償でご提供いただいた施主様には改めて感謝したい。  今回の改修では、建築当時のこだわりと思われる価値ある良材をどこまで活かすか、機能的な現代的価値観をどこまで取り入れるか、のせめぎ合いだった。比較的、歴史を経た古いものを残しておこうという考えのご長男に対して、お母様は便利で扱いやすい現代的な仕様をお望みだった。杉一枚板の天井や丹波裏床の畳なども、座敷をリビングに改修したことで処分した。現代では希少価値の素材や手仕事が消えてしまったことは残念である。ただ、私には、お母様が望んだ現代仕様も、真摯にこの旧家と向き合ってきたからの姿勢だと感じられた。維持管理も大変な手に余る広さ、気密性や断熱性に劣る従来の木造仕様、生活しづらい敷居の段差など、いいものだから昔のままあるべき、という姿勢では解決できない実世界に基づいた判断だった。また、当初は取り壊しも考えたという価値ある建物を維持しようと決心したからこその、対峙する姿勢だった。
 かくして、和室は奥座敷のみをそのままの姿で残し、引込み戸で隣り合ったリビング・ダイニングと一体利用できるようにした。座敷周りの縁側はそのままに、貴重な縁甲板や断熱のない化粧軒天を残す代わりに、主要動線は裏廊下を想定し、床レベルの段差も解消した。物置だった蔵も居室仕様に改修。倉庫のような暗いイメージを払拭する意図から、既存ケヤキの厚床板や落し込みで張られた杉板壁などは残したまま、さらに上から新材の床壁を施工、吹抜けや窓も設け、明るく風通しの良い空間に仕上げた。今は、大勢おられるお孫さんたちのプレイルームになっているそうで、物置にするかどうかを毎度の打合せでご家族と議論していた頃が、懐かしい。
 当然だが、私たちは過去を作ることはできない。貴重な資産を未来へ継承することは、重要だと思う。しかし同時に、今このときに、私たちが手をかけて工事をする意味も考えていきたい。過去をそのまま継承するだけでは、世の中や時代に対峙する姿勢が欠けているのではないだろうか。維持管理しやすくストレスの少ない暮らし、長い目で見て復元可能な仕様、場所や形を変えて再利用の道を探るなど、この先を創造していくこと。そして、これからも愛着を持って建物と共に居られるかどうかも、常に思い遣っていきたい。
 その点で、先に述べたように一定の資産が再利用され、さらに形を変えて寄付につながったことは意義深い。ただ、取り外しや持ち運びに手間のかかる長ものの建材などは扱いづらく、処分せざるを得なかった。実生活に基づいた改修の判断と同じく、残したいという意図と現実的な使い道の乖離もあり、ボランティアでの活動に限界も感じた。組織としての強み、点在する個別の点を面で捉えられる見識や技術力を、実世界へ反映させる手法や行動力の必要性も感じる。
 過去を継承しながら、これからを創造していくために、いま私たちができること。私個人としても、歴史や価値、生活や想いなど、多面的な視点でものごとを捉えながら、点から面を行き来できる能力を養い、本質的なものを見極める努力を続けたい。


< 南麻衣子 (京町家作事組)>

2018.7.1