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京町家作事組
京町家の技術 その五

環境に合った壁を選ぶ

佐藤嘉一郎(作事組 顧問) 

 木造建物に用いられた伝統工法や在来工法の塗壁は、仕上材料によって土壁、大津壁、漆喰壁、モルタル壁、樹脂系壁、珪藻土壁などに分類され、工法としてはパラリ、撫で切り、押さえ、リシン、テクスチャー仕上等があり、他にも施工職人の技によるオリジナルな仕上ができることが特色となっている。しかし何といっても施主が納得することが先決で、壁は建物の顔であり衣装でもあって、建物の性格や権威をも表現しているので、場所を構わず職人が自分勝手な工法で壁を仕上げてよいというものではない。

 明治維新以後、法規の制限内でどんな形式の建物でもできるようになったが、人々の心には過去の生活や町並み、また伝統工法に対する愛着が残されていた。洋風文化の流入に対しても一般の人々は、先祖から受け継ぎ馴れ親しんだ伝統工法による塗壁を伝承してきた。ただ新しく開発された光熱や衛生、設備等の付帯工事が普及して多くの現代的な住宅で施工されるようになり、工法が次第に近代化へと変化する状況は始まりつつあった。

 壁の色についても、白土、黄土、浅黄土、鼠土、錆土のように、すべてが各地で産出する自然の色土であり、絵具の如く多様な色が自由に出せないので、その使用する工法や場所も限定されるが、二種以上の混合もできて自然色の優しさがあった。とくに赤や黒い壁は高価な顔料や墨等を必要とするため、上層階級か医家または花街の郭(くるわ)建築や料亭等で多用されてきた。

 このように使用場所や色による塗壁の格式については、格調の高い書院造の建物には白漆喰、町家の客間や居間には落ち着いて心の安息ができる土壁、廊下や炊事、化粧室廻りは明るくて物にふれても強い漆喰や大津壁、料亭や旅館のように情緒を楽しむ客の求めに応じるために色土壁、数寄屋や茶室の小間には聚楽系土壁といった具合に、それぞれの風情と使用法の違いによって壁もまた自(おのずか)ら工法、材料、色を定めていたのである。

 現在はこんな「決まり」を知る人も少なく、設計者や施主の気分に任せて決められてしまうことが多い。静かな座敷に薄っぺらな新材料や押え仕上の壁が塗られ、反対に廊下や階段室のように人の往来が激しいところに土壁が塗られて、人々の通行により傷がついたり、煙草や空調の排気による壁の劣化もあって、せっかくの美しい壁が見苦しいものとなっていることも多い。

 塗壁の仕上げについては、材質、工法、色ともに充分の注意を払い、耐久性が強く、健康にもよく、かつまた美的感覚にも優れたものを選定して、部屋内外だけでなく建物周辺、さらに町並み景観にもマッチしたものであってほしいと願っている。