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京町家作事組
町家再生再訪・その1

建田邸

(設計:アトリエRYO 施工:安井杢工務店)
 作事組のお施主様のお宅を訪ね、改修時のお話しや現在の暮らしについてお伺いするシリーズ。
 第1回目は下京区若宮町の建田邸を訪問し、木漆工芸作家で作事組の会員でもある当主の建田良策さんと理恵子夫人、設計者の木下龍一さんにお話を伺った。

 建田邸は明治25年上棟の厨子二階一列四室型かしき造りの町家で、築109年目の2001年に改修工事が行われた。基礎石や床下、柱や梁の傷んだ箇所を補修し、もとあったものを活かしつつ機能面での充実がはかられた。前栽の奥には、3人のお子さんのために独立した離れも新築された。

(前編)

●明治中期の創建
(建田)建田家はもとは西本願寺の絵表所の家でした。明治25年、祖母が3歳の時、神田家から建田の養女となった折り、神田氏によりこの家が建築されました。その後、祖父が養子として入り、ここで医院を開業しました。

医院であった頃の薬窓が
壁のなかに保存されている

改修後ファサード

●改修にいたる経緯
(理恵子夫人)両親は宇治に新しく家を建てて住んでいたので、結婚した私たちがこの家に住むことになりました。父が亡くなったあと、独居療養中の母の居室を用意したいと思い、家について真剣に考えることになりました。阪神淡路大震災の後でもあり、ずいぶん傷んでいて危ないし、駐車場などの懸案事項もあり、建て替えも検討していたんです。でも下の息子がこの家を残してほしいと。阪神淡路大震災の日、玄関土間に立てかけていた仕事用の材木が倒れてきて、ミセの間で寝ていたその子は板戸に救われました。地震で揺れて床が波打ったけど、この家から逃げなくてよいとわかった経験です。
 そんなとき作事組の活動を紹介する小さな新聞記事を見つけました。作事組という呼称はまだまだ認知されてはいなくて、私たちもその言葉に馴染みがなく、ちょっと何か怪しいものでもみるような感じでしたけれど。

(建田)事務局が近いし、当時事務局長の田中昇さんというお名前を見て、同姓同名の建築に進んだ同級生がいたのを思い出してまさかと思いながら連絡をとってみると、やっぱり違う人だった(笑)。しかし作事組の中に、旧知の木下さんがいたので、担当をお願いしました。当時は自分の住んでいる家が町家という意識もなく、改修について考えるようになって初めてこの家は自分にとって空気のようなものだと気付いたんです。住んでこそ家ですね。

(木下)伝統構法の家は粘り強く、直し易いと思っています。木構造の振動実験をしている京都大学の林先生も、このごろ町家に対する意見が変わってきていて「地震の揺れで大きく変位する町家は、その仕組みがよくわかる人に直して貰わなあかん。」と言っています。

●職人さんの仕事、工夫、思い出

中の間と台所をつなげたダイニングは
建田さんの手による拭き漆の床
(理恵子夫人)黎明期って面白いものですね。勢いがあって色んなことができてしまうでしょう。私たちも勉強の始まりでした。安井杢のおふたりの大工さんは70代のようでしたが、いつも生き生きと仕事をされていてとても楽しそうでした。ちょうどいまこの床の下には防空壕が埋まっているんだけど、大工さんが床下のそのあたりで卵をみつけて、「奥さん、鶏飼ってましたね」と。しばらく烏骨鶏を飼っていたことがあったんですよ。

(建田)刀箪笥が入っていた奥の間の押入れを、数年たって本棚にすることになった時、床を補強するのにまたおふたりが来て下さった。仕事を終えられてここでお話していると、居心地がいいってゆっくりして下さり、また仕事が楽しかったとおっしゃっていた。
 離れの新築部分は若い人で、初めての棟梁ですと言って、とてもうれしそうだったね。

(理恵子夫人)通り庭の壁は、左官の佐藤さんに頼みこんで、埃が溜まらないように上まで色大津壁を塗ってもらいました。木下さんは「レモンイエロー」の壁と仰っていた。

(木下)白い大津の土に稲荷土を落として明るい黄色に仕上げています。中の間と「だいどころ」は、垂れ壁をとり部屋をつなげて団らんや介護にも対応できるよう広い空間にしています。

(理恵子夫人)キッチンの造り付けの食器棚は、通り庭と「おいえ」を仕切っていた板戸の戸袋を利用したもの。よく納まっています。表の格子は障子で防音できるようにもなっていて、障子は戸袋に納められる。奥の間の襖も戸袋に納まるように工夫して下さった。

(建田)町家の収納は少ないけれど仏壇や書棚のスペースなどもよく考えられています。

***

改修前のおくどさん

改修後

通り庭のおくどさんに祖母の思い出が宿る

 通り庭のキッチンスペースは暖かく明るく快適そのもの。暗く寒いという町家暮らしのネガティブな観念がほどけていく。白い土タイルに組み込まれた床暖房の温もり、明るい黄色の土壁、二箇所の天窓から注がれる柔らかい光とランプの灯りが生みだす快適さ。手入れされたおくどさんが新しいキッチンを支えるように在り、懐かしい記憶をとどめている。
<作事組事務局 森珠恵>

(2016.5.1)