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京町家作事組
町家再生再訪・その2

建田邸

(設計:アトリエRYO 施工:安井杢工務店)<後編>
 町家暮らしにまつわる悩みとして、駐車場の問題とねずみの問題がある。建田さんも一時は建て替えを検討されていたが、駐車場のために町家の伝統的な住空間を潰すという選択はせず、コインパーキングを利用されている。町家の基本的なかたちを活かす再生を選択され、町家に対する意識や生活の質感はどのように変わったのか伺った。

●瑞々しい住空間へ


通り庭の奥の渡り廊下

新しくなった水回りにもガラス瓦を透して日の光が差し込む。
(理恵子夫人)改修前2階には誰のものかもわからない長持ちや仏壇があって、嫁いできてから一度も足を踏み入れたことのない部屋がありました。TBSの筑紫哲也さんの番組の取材で加藤周一さんが取材にみえたとき、突然「改修してどうか」と聞かれて、「爽やかになりました」という言葉がぱっとでてきたんです。嫁いできた者ということもあるでしょうが、改修前は何か気が滞っているような感じのするところがありました。

 設計が木下さんでなかったらこうはなってなかったと思います。生きている沢山の人生を家を通してみてきた蓄積がおありなんですね。お風呂の色でも、私ははじめ白と緑をイメージしていたので「お風呂はピンクですね」と言われて驚きましたが、実際のところ健康的な気分になれて納得しアドバイスに感謝しています。忌憚なく話し合える設計のかたは必要です。

 去年大谷孝彦さんの奥さまから頂いた『京町家の空間イメージ』という小冊子を読んで、本当にそうだなと思いました。京町家の暮らしと「空間性」の関係、その空間のもっているものをできるだけそのまま大切にして住みやすくする、そのバランスがだいじなんですね。そして、中まで信じられる素材でできていること。素材が呼吸をしていること。この家で育った息子はいまマンション住まいですが、洋服にカビがはえるとは思いもしなかったと言っていました。

 在宅終末医療に取り組んでいらっしゃる徳永進先生が仰っていました。「伝える」ことと「伝わる」ことは違う、と。安易に言葉を使うと本質から離れ形骸化する。それと同じように、町家は本来住むためのもの、住んでいてこそ、のものだと思います。

●かたちの生命

(木下)この夏京都で開かれる考古学の大会は、世界の考古学者に町家を知ってもらう良い機会になると思います。縄文時代の木や土の作品はシンプルで美しい。縄文時代やアボリジニ社会の研究をされている小山修三先生は女性の土偶のお尻を「触らないかん」と言いますよ(笑)。何のために作ったのか、呪術なのか、祭事、信仰、畏れ、祈り、こわいものの表現なのか、どのように形を思いついたかわからない昔のものが、思いもかけないかたちで決まっている。

(建田)若狭三方縄文博物館で鳥浜貝塚の出土品を展示しているのですが、木のお椀に漆を塗る工程で弁柄をすりつぶすところから刷毛で塗るところまでビデオ撮りの手のモデルをしたことがあります。再現するのにその刷毛に当時何の毛を使っていたのかがわからない。「熊の毛」と書かれた文献もあるようなんですがよくわからない。ただ、そこにあるものを最大限に利用する工夫があって出来たということは確かです。妻木晩田の弥生時代の木製品の復元をした時には、その完成された美しさに打たれました。当時の人が仕事そのものを楽しんでいたからこそ、と感じましたが、その時ふと改修のときの大工さんたちの様子を思い出しました。

●改修から15年を経て

(理恵子夫人)改修から15年経ちましたが不具合はほとんどありません。日ごろの手入れは、これといって何もしてなくて、ひと月半に一度ランプシェードと梁をふくだけ。毎年床暖房をシミズ工業の方に見てもらっていますが、あとは床の漆を塗り直したくらいです。

(建田)フローリングに漆を塗りたいけどかぶれないかが心配で、大工さんが見に来られたことがあったね。やはり見てもらうのが一番で、いまも90平米くらいの注文が来ています。

(理恵子夫人)この15年で周辺環境の変化はあります。当時は、改修して町家を残すということで町内の皆さんがとても喜んでくださった。今は、営利目的の安易な改修には皆さんとても厳しいです。この界隈もあっという間に何軒もの家が買われて「京町家風」ゲストハウスや民泊になってしまい、住み難くなったと感じます。お互いに各々何もかもよくよくわかって暮らしていた路地の一部が民泊になってしまったりすると、ほんとにざわざわと落着きませんね。町内のおうどんやさんも閉店してしまわれたし、今のような「経済効果」中心の観光を続けていたら、そのうち京都全体が、住んで居るひとのいない、生活しているひとのいない街になってしまうのではないかしら。

***

 気になるネズミとの共生についてもお伺いしたが、「家は猫がいるからネズミには困りません」と理恵子夫人。去年三和土の土間に蛇(!)がでたときも猫が闘ったそう。爪とぎで柱が傷だらけになるのではと心配したが、爪とぎは暖かいキッチンの床にある桐の木片で心おきなくしている。柱の小さな爪痕はお子さんの身長を刻んだ成長の記録と一緒に残る。

 建田さんの木工藝のための場所は2階の仕事部屋にとどまらず、お子さんが巣立ったあとの空き領域へと進出していっている。仕事机の裏の室のなかに注文製作のものすごく軽いメガネが保管されていたり、大学の学生さんの作品が廊下においてあったりと、表情に富み楽しい宝箱のようだった。

 改修前には足を踏み入れたことのなかった厨子も、広さと高さが確保され、ゆったりと美しい寝室になっていた。改修から15年を経て、現代の生活が建物の歳月の重みに溶け込んでいく様子が何ともいえず魅力的だった。古くなって傷んだ建物を壊し建て替えるのではなく、日々の暮らしを見直し、美的歴史的価値と機能性をあわせもつ住宅に再生することができれば、地域の住環境も安定し保たれていく。

<聞き手:作事組事務局 森珠恵>

(2016.7.1)