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京町家作事組
作事組の職人さん・その19

左官工事

(佐藤左官工業所)
“ふのり”を炊く釜の前で。今もこの釜で海藻からのりを作っている。
 今回は、昨年『楽しき土壁』(学芸出版社)を出版された佐藤左官工業所の佐藤嘉一郎さんにお話を伺いました。御年92歳の佐藤さん、その職人人生のほんの一部をご紹介します。

──左官職人の血を受け継いで
 私のおじいさんが江戸末期に岐阜から京都に来て修業し、ここに店を構えました。今で140年位になるかな。私は生まれた時から土と埃をかぶってたんですわ(笑)。小さい頃から家で砂やらレンガやらをさわってたから、土の名前も自然に覚えました。小学校に行く頃には、おじいに連れられて現場に遊びに行き、土運びを手伝ったりしてたなあ。中学で建築を習った後、家業に就いて仕事を始めました。その頃のうちの現場は庶民の町家がほとんど。未開地やった京都の西北に借家がたくさん建った時代で、大変に忙しかった。軍隊から帰った昭和20年頃には鉄筋コンクリート造が増えて、ゼネコンの仕事もするようになりました。20年位やってたけど、息子が東京修業から帰ってきた頃にゼネコンの仕事はやめて規模を縮小し、町家の仕事に戻って数寄屋や文化財も手がけるようになったんです。

──左官とは
 左官の仕事は視覚に訴える面積がすごく大きい。壁は家に入ったらぱっと目に入る。それほど重要なもんです。明治時代にセメントが入り、次に石膏・プラスター、戦後の薄塗り(乾式)工法、と新しいもんが入ってきたけど、本来、左官というのは湿式工法。土や石灰を水で練ってスサを入れて塗っていく。全て現場仕事で、家で下準備して持って行って貼り付けるということができません。大工さんが壁の下地を作ってからでないと塗れないから、現場が進まんと仕事ができない。さらに、塗った所が乾燥しないと仕上がらない。乾燥に日数がかかる、これが左官工事の弱点なんです。だから、時間(工期)にもっと余裕を持ってほしいというのが私の願い。次の世代には、性能を落とさず、作業性も良うて、工期を短くする方法を考えてほしいなあ。そしたら左官ももっと見直されるやろう。
 木造建築は自然素材でできています。自然のものは朽ちてくるので直す、朽ちたもんは肥料やらにして山に還す。我々は循環のお手伝いをしてるんやな。土壁は、壁自体が吸排湿するんです。健康に良いと言われている珪藻土は、土ではなくて虫の死骸。マカロニみたいに穴が開いていて呼吸するけど、それ自身では固まらない。だから樹脂やセメントを入れて固めるんやけど、そうすると穴が詰まるから、結局、息ができないんですわ。

──職人仕事の移り変わり
 左官は大工さんと違って、堂宮・数寄屋・町家・土蔵・塀、どんな建築でも応用できるので幅が広い。大正時代までは、こてを使う仕事は全部左官がやっていて、壁を塗る左官、レンガを積む左官、洋風の彫刻を作る左官…と専門が分かれていました。
 昔は“出入り方”という制度があって、施主である“旦那”と職人との関係が世襲的につながっていました。それが、個人が法人になって“旦那”が社長や会長になり、大工さんも工務店やゼネコンになった。“旦那”がいなくなって出入り関係が変わってしまったんですな。お寺やお茶の家はわりにまだそういう関係が残ってるほうです。
 京都に残ってる左官仕事で古いなあと思うのは、土塀やな。東寺の塀は京都市内最古の左官工事です。桃山以前に作られた塀が、今の塀の内部に残っています。京都では伏見から五条あたりまで、良い土がとれる。焼物ができる所の土は、壁土に使えるんです。

──仕事へのこだわり
 私らの仕事は一つ一つが真剣勝負。ものが残るんやから。第三者は仕事をした時の状況を知らんからなあ。費用を値切られたとか工期を急いだとかの事情を知らんと、出来上がったもんだけ見て、良し悪しを言われてしまう。
 100万円の家を建てようと思ったら120万持ってなあきません。最後に予算が足りなくなっても、本体をやり直すわけにはいかんから、仕上げを削ることになる。そしたら家の値打ちががたーんと下がるんです。私は家を見る時、引き手やら照明やら、小物から先に見ます。襖の引き手に良いもんを使ったり、畳の縁をあつらえたりすると、出来上がった時にものすごく良う見える。それが“ゆとり”やな。

──伝えたいこと
 お施主さんには、建物に愛情を持って見てほしいですな。 急いでほしくない。さっさと作ってはよ帰ってくれんかな、ではなくて長い目で楽しんでほしい。手でやる仕事やから時間がかかるんです。そして、職人に話しかけてみてください。話したがらない職人がいたら、それは腕に自信がないやつや(笑)。設計者も、現場の職人ともっと話をしてほしい。建築という一つのお御輿を一緒に担いでいくんやから。みんなが話し合える出会いの場があること、それがいい建築を作ることやと思います。

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 知識と経験の宝庫のような佐藤さんですが、今も毎日、歴史地名辞典を端から順に読んでおられるとか。飽くことのない知識欲に感服しました。佐藤さんや左官についてもっとお知りになりたい方は、ぜひ『楽しき土壁』もお読みください。

聞き手:常吉裕子(作事組事務局)

佐藤左官工業所
 京都市上京区御前通下立売上ル仲之町296

(2012.11.1)