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京町家作事組
作事組の職人さん・その29

洗い

(洗い屋神門)
「よみがえる桐箪笥展」
in高瀬川・四季AIR 2015/8/19~8/23
自作の桐机と(日本画家 前田有加里さんによる装飾)
 昨年作事組に入られた洗い屋神門(かんど)の神門幹典さんにお話を伺いました。

――洗い屋をこころざしたきっかけ
 工務店で営業をしていたときのことです。住宅のリフォームで門と玄関を洗う仕事があり、「自分でやりたい!」と思いました。それから京都の洗い屋で名の通ったところを調べて、中野洗工という店を知りました。働かせてほしいと直談判の電話をして、面接をしていただきました。将来独立するタイプやなと言われましたが、だからってうちで教えないことはないと言ってくださって。

――中野洗工での修業時代
 当時29歳。自分より若い人に「お前」ってなじられるのは嫌やなと思ってたんですが、中野洗工では若い人をしばらく採用していなかったのでいちばん若い人で30代でした。それにおじいさんたちが現役でいらっしゃって、見よう見まねで細かいことも覚えていくことができました。はじめに道具の作り方を教わりました。髪の毛よりも細く割った竹を束ねた「ささら」のほか、刷毛も手作りで稲穂の穂先に薬品をつけて穂先をたたいて束ねたものを使います。短納期で仕上げねばならないことも多いのでささらのほかに真鍮ブラシも使います。入社して3か月がたったころ、車に乗れる人がやめることになって、転機が訪れました。自分がその人の代わりに車を運転して色んな現場へ行くようになり、たくさんのことを学びました。私が入ったのをきっかけに会社はハローワークに求人を出すなどして若い人を採用するようになり、そのうちに後輩の指導もするようになりました。6年間在籍したのですが、そのあいだに寺社の仕事を任せてもらえるようになっていました。寺社の仕事はびびってやらないという人もいます。

――専門の洗いの技術、薬品の調合
 灰汁(あく)洗いの手順は、木に水を含ませてから苛性ソーダを刷毛で引き、汚れが浮き出てくるまで引き続けます。苛性ソーダは石鹸の原料です。真鍮ブラシかささらで汚れを取り除き、水で洗い、中和剤のシュウ酸を塗り、水洗いします。昔は藁灰を煮出してぬるっとした部分とさらさらの部分とに分離させ、ぬるっとした灰汁の部分を使って洗いました。灰汁洗いと言われる所以です。灰汁は強アルカリ性で木が黒く焼けるのでお酢で中和するのが昔ながらのやり方です。中和剤も水洗いせずに放っとくと赤くなるので塗った後は水洗いします。化学の知識というより、経験として木を見て薬品を調節して洗っていきます。周りとの調和をはかりながら木本来の良さを引き出していく作業です。
 美装屋さんの漂白洗剤は洗いに必要な成分以外にも加えられていて経験なしにぶっつけで使われて、木がどんどん白くなって止まらないということがあります。木の色が抜けてしまって、それを元に戻すには削って元の色を出すしかないのですが、そういう仕事を頼まれることもあります。
 フッ化水素という薬品がありますが、これをタイル洗いに使っていたとき、手袋の穴から侵入した薬品が皮膚について爪が確か剥がれたんです。こんなきつい薬は洗いには使えないと思い、それ以来使っていません。

――独立して
 一年目は最悪でした。来てほしいと言って下さるお客さんもありましたが、修業した店のお客さんをとってしまうわけにもいかないし、何もしないでいると一年経っても状況はなにも変わっていなかった。これが独立するということだなと思いました。そこから経営セミナーに参加したりして、事業家の中村文昭さんに出会い、「頼まれごとは試されごと」という言葉を教わりました。言われたら0.2秒で動きなさいと。それから工務店にDMを書いたり、京町家再生研究会の小島さんにコンタクトをとり、ご縁をつないでいただいて、作事組の仕事もさせてもらえるようになりました。棟梁塾の講師を依頼されたときも私でいいのかと思いましたが、中村さんの言葉を思い出しお引き受けしました。

――特に印象に残っている仕事
 岡崎のお屋敷で20Mもあるような長い廊下の網代天井を一枚一枚洗ったことです。いつ終わるのか…首が痛い…(笑)と思いながら、ひたすらやり続ける細かい作業ですから几帳面な人が向いていると思います。御所の仕事のときは緊張して寝つきが悪くなったりしましたがやりがいのある仕事です。

――これから取り組みたい仕事
 和風建築をきれいにする仕事をしていきたいです。灰汁洗いだけでなく、家の日常のメンテナンスとして手の届きにくい梁の上とか危険なところのお掃除などにも僕らをつかっていただけたらと思います。
それから今度、日本画家の福井安紀さんと桐箪笥のコラボレーション展示を行います。二度目の試みとなりますが、こちらも継続していきたいです。

会社メモ
洗い屋神門 京都市左京区聖護院中町7−1

 洗いに行くと「ついでにうちの嫁さんも洗ってやって」なんて頼まれることもよくあるそうです。おおらかで飾らないやさしいお人柄なのでお客様もついつい頼みたくなるのかもしれません。
聞き手:森珠恵(作事組事務局)

(2015.9.1)