• 京町家net ホーム
  • サイトマップ
  • アクセス・お問い合わせ
京町家友の会


模様替え 松村 篤之介
      
 毎年六月一日になると、今までの家の中の建具、敷物を、すっかり冬から夏姿に替えます。そしてこの時に座布団や暖簾も、またテーブルセンター、カーテンまでも替えることにしています。これを、私共は「模様替え」と云っています。世間では「建具替え」とか、「しつらえ替え」とかの言い方をされる向きもあるようですが、私共ではずっと昔から 「模様替え」と云っております。
 この夏姿は九月一杯まで続き、その月末に一斉に夏から冬姿に替えることになります。

籐莚

 夏姿への「模様替え」は、いつからいつまでと云うことは、それぞれのお宅によって違うことを最近知りました。
 あちこちでこの「模様替え」についてお尋ねしますと、「私とこはお祭前に、お祭の用意を兼ねて替えることにしています。お祭とは当然祇園祭のことですが。」とか、「六月に入ってからボツボツ部屋毎にやっていきます」とか、その家によって時季がマチマチであるようです。

 昔、父が白生地問屋をしていた時に、六月一日、世間でいう「衣替え」と同時に、数人の店の人を使って一斉に「模様替え」をした記憶があります。これに準じて、私の代になってからも六月一日にきちっと「模様替え」をして、こだわっています。

 もっとも、昭和三十年(1955)に父が店をやめたので、それからは店の人の力を借りて一斉にというようなことは出来なくなりました。そこで私共では、五月に入ったならば土、日曜の休日とか、平日では夜になってから、蔵に入ったり出たりしておもむろに、私一人が、時にはどうしても手を借りたい時は家内に声をかけて何とか続けて来ました。「もっと力を出して・・・・」と思わず家内に大きな声をかけたりしますので、終いには口喧嘩になることもありました。

 年と共に、体力、筋力が落ちてきて、遂に肩や腰にまで後々影響が出てくることが重なるようになりました。後で整形外科の先生にお世話になることが常のようになってしまいました。

 そこで、決心をして、七、八年前から出入りの大工さんの力を借りることにしました。大工さん三人が、以後六月一日と九月三十日に出てきて、おおよそ半日がかりで「模様替え」をして呉れることになりました。勿論手間賃はかかりますが、自前でやって、後にお医者さんのお世話になっていることから比べれば、有り難いことだと思っております。

御簾と網代

 先ず蔵の二階から建具を下ろす、現在の建具をはずして蔵に運び、二階に上げる、下ろしてある建具を一部屋毎にはめて行く。簾は、建具をはずした所から、別の人が吊るして行く。敷物は、建具が終わってから現在の敷物に掃除機をかけたり、乾拭きをかけたりして、防虫剤を入れて巻き上げ、紙包みにしてから蔵へ運ぶ。新しく敷く敷物は、予め蔵から出しておいて、階下、二階と順序を追って敷いて行く。

 最近では、大工さんも慣れてきて、家の中の地図、所番地が判って来ておりますので、極めてスムースに進行するようになりつつあります。

 今年の六月一日の「模様替え」の時に、建具の枚数を数えたところ、夏の「よし障子」が六十五枚、「簾」が二十八枚ありました。自分ながら数の多さに驚いてしまいました。
 夏姿の主役である「よし障子」「簾」「網代」「籐莚」は、父が昭和の初め、十年頃までに買い整えたものが殆どですから、それはそれなりに七十年前後の年数が経っています。古くなってはいますが、築後九十年余り経った建物に馴染んで、何となく風格らしきものを感じます。「網代」「籐莚」の飴色になった色合いは何ともいえません。

よし障子

 夏の盛り、猛暑の日が続く昼下がり、この「網代」に横になってヒヤッとした冷たい感触を味わいながら、一時午睡をしてくつろいだことは忘れられません。目覚めてから、顔横に「網代」の跡形がついているのを周りの人達から笑われたことがあります。

 わが国には四季があります。とりわけ京都は四辺山に囲まれた盆地なので、夏は蒸し暑いし、冬は底冷えがします。そこで京都に住む人は、いかにその夏、その冬を過ごすか、知恵をしぼらなければなりませんでした。

 大体、昔から京都では、家は夏を本に造るべしとの言い伝え通り、家の造りは出来るだけ壁面を少なくして風通しを良くしてあります。又敷地内に緑の庭を作って、打ち水などすることによって少しでも涼しく過ごせるようにしました。その代わり京都の町家は、冬は滅法寒い。しかし寒いときの過ごし方は、何といっても着込んでしまえば凌げるとの前提に立っていたようです。
 こうした京町家の暮らしの中に「模様替え」は深く根付いてきた慣習といえると思います。先人の経験と知恵の結晶ともいえる建具、敷物などを季節々々にしつらえて、日々の生活を続けることを大切にしなければならないと思います。
(京町家友の会 会長)

過去の『歳時記』