• 京町家net ホーム
  • サイトマップ
  • アクセス・お問い合わせ
京町家友の会


思わぬ贈り物

思わぬ贈り物
長野 享司
(衣笠三省塾主宰・京町家友の会会員)

 人生には思わぬ出会いがあり、思わぬ結果が生じます。
  先日(4月19日)、京町家友の会の総会が行なわれ、参加させていただきました。総会も無事終了し、和やかに懇親会が始まりました。たまたまお隣の方(初対面)とあいさつを交わしてビールを注ぎました。私が名刺を渡して「論語」や「孟子」などの古典を学ぶ塾を主宰していることを話すと、その方は「この前、とある町家の押入れの中から古い本が出てきて、私が保管しています。もしお役に立つなら使ってください。」と言われました。
  後日、その方から小包が送られてきました。箱を開けて驚きました。立派な和綴じの本で『論語』『孟子』『大学』『中庸』のいわゆる「四書五経」の四書が全冊揃っていたのです。しかも幕末の年号が記載されていましたが、たいへん保存状態が良いものでした。私も何冊か古い本を所持しておりますが、どれもボロボロ状態、虫食いだらけのものばかりです。送られてきた本は虫食いも無く、文字も鮮明、一部和綴じの糸が切れている程度で本当にきれいな本でした。  
 私はその本をめくりながら、きれいな本というのはあまり読んでいない証拠で、この本の持ち主はさほど手に取ることなくしまっておかれたのかなあ…などと想像し、その不勉強のおかげできれいなままの本が残ったという皮肉な現実に何か複雑な気持ちになりました。
  早速、塾生のみなさんに紹介し、江戸から明治にかけての日本人の学力の高さをお話しました。昔は四〜五才の時からこのようなすべて漢文の本で「素読」をしていたのですから驚きます。また庶民の家からこういう本が出てくる「京都」という土地柄のすばらしさも見落としてはなりません。京都は江戸中期に有名な石田梅岩という方が庶民の学問を説かれて大いに流布しました。京都に老舗が多く健在なのは、商売に道徳の大切さを説いた梅岩先生の「石門心学」の影響が大きいと思います。京都の小中学校に残る「明倫」「修徳」「格致」「郁文」などの校名は殆んど四書五経に由来するものですから、庶民の教養の高さがうかがい知れます。教育水準の高さはまさに学問の府、京都の誇りといってもいいでしょう。
   「縁尋機妙(えんじんきみょう)」という言葉があります。ひとつの「縁」がさらに別の「縁」を尋ねていって、その機(はたらき)は実に妙(不思議)なるものである、という言葉です。(「機妙」であり「奇妙」ではない。)「縁」というものは本当に不思議です。「縁」がひとり歩きして勝手に新たな「縁」をつれてくるのです。たまたま隣に座ったことが、そしてたまたまひと言お話をしたことがこのような結果になりました。そもそも京町家友の会とのご縁はと言えば、我が家を修理してもらう相談を「京町家情報センター」に持ちかけたことからでした。普通の家なら普通の工務店に依頼したことでしょう。たまたま我が家が古家だったことからご縁ができました。これも先祖の結縁といえばこじつけ過ぎでしょうか。
  今、わが身に起こっている思わぬ出来事が、はたして偶然なのか必然なのか本当に不思議な気持ちです。

(2009.7.1)
過去の『歳時記』