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京町家友の会



 (十一)

  道のどん突きが弥勒(みろく)はんのお屋敷で、暗い林の中に高(た)こーそびえてた。えんばんと門(かど)わ堅(か)とー閉まったーってかなんなーと思てたら、弥勒はん、丁度(ちょーど)お弟子(でっ)さん連れて、帰ってきやはったやんか
 「よーここまでおいでた、善財はん。あんさんわ、五十人(ごじゅーにん)ものお人(しと)が教(お)せておくれたことを先繰(せんぐり)習(な)ろーて、とーとーここまで来ることがおできなはった。それわ、最初に偉らい人(しと)に成って世の為になろと、堅(か)とー心に願(ね)ごーたからや。その強(つお)い決意があったさかい、はんちゃらけにならんと来れたんやで。さーおいなはい家(うっ)とこ寄ってってんか。」
 弥勒はんが右の指をポンと弾かはると、門(もん)わ、いらわんでも勝手に開いて、善財が中え入(は)いったら、門(もん)わ閉まった。まあ自動(じどー)ドアみたいなもんやな。
 善財わ、思わず瞬(まばたき)きした。門(もん)の内らわ外からわ見当(けんと)もつかんほど、広ーて明(あ)こーて、キラキラしてたんや。ルビーや水晶(すいしょー)、エメラルドなんかの宝石(ほーせき)でできた御殿に入(は)いると、仰山(ぎょーさん)の善(え)ー鳥のさえずりが聞こえたかと思うと、間(あい)さに黄金(おーごん)の鈴の音(ねー)が鳴り響き、どっかしらん香水(こーすい)の香(かおり)がして、いろんな花びらが舞い散り、数知れん玉の光が、隅ずみを照らしてた。窓の外(そと)見たら、空わ晴れわたって輝き、同(おんな)しよーな御殿が、何万と無(の)ー継(つな)がってるのが見えた。善財わ、うれしなって飛び上ったけど、気(きー)も落ち着いてくると、頭の中までが、なんや、すっきりして、何(な)んでもかんでも、よーわかるよーになってくんにゃった
「あの全部の御殿え行ってみたい。けど、どないしたら行けんにゃろか。」
 て、善財が、ふと考えると、たちまち善財に何万もの分身ができて、全部の御殿に、しとりずつの善財がいた。
 その御殿のしとーつの中が、しとつの世界になったーった。ほんで、弥勒はんやお釈迦はんの様(よー)に後(しまい)に偉(え)ろー偉(え)ろーにならはった方(かた)が、それぞれ生(う)まれはって、偉らい人(しと)に成りたいと思いたたはり、いろんな辛(しん)どい目(めー)して偉らい人(しと)に成らはって、ふしぎなお力で世の中の人(しと)びとを助けはる。その様子(よーす)を、しとりずつの善財が、しとーつしとつ見て学ぶことができんのんやったんや。
 「見なはったか、善財はん。偉らいお人(しと)らの、ふしぎなお力を、あんさん、よーお、見してもらはったか。」
 て、弥勒はんの声がした。
 「へー、おーきに。見してもらいました。」
 仰山(ぎょーさん)の善財が、口を揃えて答えると、また弥勒はんの、指をポンと弾く音がして、いつの間(まー)にか善財わ、しとつの体に戻ってお屋敷の門(かど)にいたんや。
 なんや、夢みたいなできごとやった。竜宮城(りゅーぐーじょー)の浦島太郎(うらしまたろー)が、ちょっとと思た間(あいだ)に、百年を過ごしたんとわ丁度(ちょーど)反対に、何百年を過ごしたつもりが、ほんのちょいのできごとやったんや。
 弥勒はんが、最後に言わはった。 「善財はん、先(さっき)ん屋敷ん中の素晴しー世界が見(め)ーはったんわ、あこが特別に善(え)ーんやおへん。今まで何んでもないと思てた物(もん)が、それぞれどんな素晴しー物(もん)か、よーやっとわかるよーにおなりなんやで。よろしおしたなー。おめでとーはん。ここが長い旅の終点(しゅーてん)なんや。ほな、早(は)よお往(い)にやして、文殊はんにこのことをお伝えしといやす。」

つづく

※アンダーラインのある言葉は標準語の吹き出しをご覧下さい。