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京町家再生研究会
燗c 光雄(京町家再生研究会)

何のために京町家の保全及び継承が必要なのか

 2017年5月2日、「京町家保全・活用委員会」の答申を門川大作京都市長に提出した。答申にあたっては、委員会での議論を踏まえ、京都の生活文化を破壊する食いつぶし型活用とはならない京町家の継承を目指して、キーワードの「保全及び活用」を「保全及び継承」に改めた。これを受けて、京都市では「京町家の保全及び継承に関する条例(仮称)」の骨子をまとめ、6月2日〜7月2日まで市民意見を募集、229人から795件の意見が寄せられた。

 条例の骨子は、現在、京都市内に約4万軒存在している京町家の解体届出を義務付けようとするものであるが、既存の京町家が建物所有者の資産であるだけではなく、市民にとっても貴重な資産であるという認識の下、関係主体の連携と多様な支援策により解体の回避を目指した内容となっている。市民意見募集では、既存京町家は無くなってもよいとする意見も少数見られたが、保全及び継承を促進すべきであるという意見が多数を占め、所有者に対するきめ細かな配慮や実効性の高いより強力な支援策の策定などを求める建設的意見が多数寄せられた。今後、市民意見を踏まえて条例案が策定され、9月市会で審議されることになっている。

 では、何のために京町家の保全及び継承が必要なのか。結論から述べよう。京都の「生活文化の継承と発展」のためである。京都という都市において長い年月をかけて蓄積されてきた生活文化には、現代的視点からみて極めて重要で、かけがえのない内容が含まれている。それを支えてきた空間が京町家であり、既存京町家は生活文化の継承と発展の基盤である。具体的には、京町家をとりまく三つの関係として整理することができる。

 第一は、「家と自然との関係」である。いうまでもなく、京町家は、最大限の風通しを確保し、夏を旨としてつくられてきた。家と道の関係を重視するとともに、家は建物と庭から構成されるという認識の下、建物と庭が共に両隣と連担することによって通風や採光が確保され、同時に生物多様性にも寄与する、高密居住可能な街区がつくられてきた。その結果、内部空間と外部空間の中間領域に多様な役割を果たす居心地のいい空間が生まれ、季節とともに繊細に変化する自然と関わる豊かな生活文化が蓄積されてきたのである。今日、環境問題が深刻化する中で、高気密・高断熱の家が推奨されているが、自然との共生を底辺で支えてきた生活文化の継承や発展との両立こそが強く求められる。

 第二は、「家と町との関係」である。京町家は個人の敷地の中で自由に建てられた建物ではない。近世までは自治組織であった両側町の構成要素としての京町家であり、逆に、京町家によってコミュニティの最小単位である町がつくられてきた。建物や庭の連担に加え、けらばの重なりや軒の連担など、巧みな境界のデザインがそれを支えてきた。また、格子窓と通り庭によって家と道がつながり、公的空間と私的空間が開きつつ閉じ、閉じつつ開く関係がつくられてきた。一方、町の空間で展開されるお祭りや地蔵盆などの年中行事、日常の挨拶や門掃き、各家の冠婚葬祭には、「異なる価値観の共存」を可能にする都市的で洗練された生活文化の蓄積が反映されている。多様な価値観を一定の範囲内で認め合い、周囲に気を配りながらも、「よそはよそ、うちはうち」と自立を尊重し、必要以上の干渉はしない。原理主義を排除しつつも、異なる価値観の人たちとのコミュニケーションに手間暇をかける。京都のまちの生活文化は、共同的問題解決を実現する「共存の感性」を磨く文化なのである。

 第三は、「家と住まい手との関係」である。京町家は、住まい手による「室礼」、つまり、建具や調度の設置によって完成される。年に2回、夏座敷と冬座敷を入れ替える建具替え(模様替え)も住まい手によって行われる。環境条件の調節も住まい手による建具の開け閉めによって行われる。快適な居住環境は、住まい手が建物に働きかけてはじめて実現するのが京町家なのである。日常の手入れも同様である。京町家は決してメンテナンス・フリーにはならない。それどころか、日常の手入れを住まい手に求める。しかし、それによって効率的な維持管理や空間利用が可能となり、住まい手の満足度や建物に対する愛着も高まる。住宅性能に代表される手段的価値を「住みごこち」と呼ぶとすると、住まい手と建物の相互の働きかけによって得られる満足度や愛着にあたる非手段的価値は「住みごたえ」と呼ぶことができる。京町家は、住まい手と建物が相互に関わる生活文化を育む「住みごたえ」のある建物なのである。

 以上、京町家をとりまく三つの関係から生まれる「生活文化」は、歴史的な価値とともにすぐれて現代的な価値を有し、その継承と発展の必要性は、既存京町家の保全及び継承の最も重要な論拠を構成する。加えて、既存京町家における居住機能の保全と流通の促進、既存京町家の社会的利用の促進と住教育の推進、既存京町家と共存できる新町家の整備なども並行して進められることが強く望まれる。


2017.9.1