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京町家再生研究会
大谷孝彦

町家再生の「きわどさ」−ある再生事例の空調屋外機 
  この2月3日の節分の日に揚梅通諏訪町の角、作事組事務局の近くに今西軒というおはぎ屋さんが開店した。正確に言うと再開店したというべきである。その訳は、祖父が営んでいたおはぎ屋さん(明治30年創業)を子息が呉服屋の仕事につかれたため、平成7年に一度閉店されたが、このお店をお孫さんが一代を飛び越えて引き継がれたということである。もちろん祖父はおはぎ作りの指南役で孫に伝統の味を伝えるために実に生き生きとした姿で指導をされている。昔は南座の役者さんにもごひいきであったという味自慢のお店で、開店の日は昔を知るお客さんも訪れて1時間半の間に600個のおはぎが売りきれてしまったということである。余談であるが、お店の建物の表の木部はみごとに‘洗い’をかけられていた。これはお孫さんの趣味としての洗いの技の成果ということであったが、木の洗いが上手な人はきっとおはぎ作りも上手だろうと私は理屈の通らぬ勝手な想像を楽しんでいる。ほほえましいお店の再生であるが、この町家建物の再生工事は作事組が担当した。



 昔の趣を生かしながらの改装の仕上がりはおはぎ屋さんのイメージにぴったりである。ところが、一つだけ問題があった。表の庇上の空調の屋外機が「おはぎや」の看板のすぐ横に鍾馗さん気取で取り付いてしまった。古い味わいの木の看板と現代風の白い機械はいかにも不釣合いである。これは小島再生研事務局長の建築家的な視線によって指摘された。工務店 及び電気屋さんに無理をいい、屋外機を看板と反対側の隅に寄せ、目隠しの竪格子を付け、横引き配管には目立たぬように黒いカバーを付けてもらった。そして、おはぎの看板が生き返った。

 2月9日は室崎益輝先生に「まちなみと暮らしを守る―町家の文化」と題して、京町家まちなみの防災についての講演をお願いした。いのちと暮らしを守ること(防災)は、まちなみと文化を育てることと表裏一体の関係にあり、漢方医学の思想にも通じるような防災文化が京都のまちなみや町家で結実し、継承されてきた。防災の知恵と心による柔らかな防災、見えない防災を構成の妙(例えば繊細な表格子のような)の中に実現するという際どさが京都の特徴であるという。この際どさとは繊細な感性、凛とした緊張感を伴った高度な京都の文化を意味するのであろう。大変すばらしいお話であったが、この室崎先生のお話を聞いて、先の屋外機の件が改めて気になった。

 屋外機は今のくらしにおいては当然のものであり、歴史的な風景とはそぐい難いものとは一応意識はしていても我々は昔のように際どいまでの感性でそのことを見つめているであろうか。残念ながらノーに近いであろう。あるお店にとってとても大切なはずの古い木の看板との係わりを強く意識して屋外機を見ることをしていただろうか。歴史ある建物と向かい合う再生の実践には常に繊細な感性、凛とした緊張感が必要であるということを反省したい。

 昨今は京都においても京都なることを忘れていた時期であった。それは世の流れの中で止むを得ぬ一時としての社会状況であったかも知れない。今、そのような時代を越えて、再び京都らしい姿、かおり、味わいを呼び戻そうとしている。昔のままで良いというわけではないが、暮らしの中に特に意識をせずとも自然な形で存在した文化、感性をもう一度取り戻す必要がある。勿論、町家ブームというような形ではなく、そしてそんな大層なこととしてではなく、日常のごく当たり前のこととして。これは単なる精神論、文化論ではなく、庇の上の屋外機のように我々が取り組む再生事例の中にも常に見えてくる事実と係っているということを実感すべきである。この「京町家は今」の中で今年は五感をかたむけてこのような際どい事例をひろいあげてみたいと思っている。