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京町家再生研究会
荒木正亘(京町家作事組副理事長)、末川協(京町家作事組理事)

京町家棟梁塾開塾に向けて
 京町家の再生・継承を支える次代の職方の育成を目指し、今春より京町家再生研究会、京町家作事組の共催で「京町家棟梁塾」が開かれる。町家再生の輪が広がり、町家の本来的な美しさや親環境性、因って得られる安らぎや癒し、その中での生活の豊かさが再認識されつつある中で、次の時代に求められる棟梁像はどこあるのだろうか。
  千年を超える時間の中で先達の智恵を集め、洗練を繰り返し、京都都心の街区を構成してきた町家は、間口の規模、大店と借家、営まれる業種、職住の使い分けの中でも「個即全」の調和を保つ原則に基づいて作られている。結果として見える景観だけはなく、個々の町家の内部での多様な暮らしを保証しながら、互いに寄り添って雨風雪をしのぎ、通風や日照、排水などの環境条件を分かち合う作法、防犯、防災、避難など安全を互いに守りあう作法、集密の中でも階層化されたプライバシーを保ちあう作法、限られたスペースをハレとケに応じて最大限に使いこなすための間取り、限られた敷地で建て方ができ、最小限の部材で外力を受け流す柔軟で、どこからでもメンテナンスできる構造、火袋に象徴される自然エネルギーの利用、住み替えを保証する共通のモジュール、徹底的なリサイクルの可能性など、個々の町家では集住という条件の中で暮らしの全方向に向けた課題が、それをつくった者の技とともに達成されている。
  個別の最低基準が連なる建築基準法、今日の設計施工の最大の与条件である短期の経済的効率など、既成のフィルターを一旦取り除き、ありのままに町家を考えること、標準仕様書、施工マニュアル、メーカー指針など、断片的な外部基準、結果や責任をことさら小さく回すためのタライとは関係無く、率直に町家の技や工夫を学ぶこと、極めて具体的で熟練を要する伝統技術の細部にまで町家の成り立ちの全体を見出すこと、それらを京町家棟梁塾で学ぶべき内容と考え、そこに誠実に向かい続けることで総合的な判断ができる人材を棟梁と呼ぶべき技術者と仮定している。
  1月23日のラジオ放送で語らせていただいたように、数十年前の「当たり前のこと」が「当たり前」であった時代に職人が求め、求められたように、自らの専門の技術には足元で真っ直ぐに深く、世の中を知ることはとことん広く、「T」字型の知識と認識と常識を求めること、かつての棟梁と呼ばれた人々と同じく町家に関わるすべての職種に対してコンダクターとしての裁量を得ること、そこに真柱と土壁があれば町家なのではなく、そこに花が置かれ、軸が掛けられて「町家」の世界が意味を持ち広がること、お客さんの前で世間一般の話をありていに聞き、また自分の考えをありていに伝えられる基本的なマナーと素養をもつこと、町家が造られた当時の分別を分かろうとした上で、町家に新しい取り組みを挑戦できる分別とその必要を得るだろうこと等、次の世代の京町家棟梁に伝えたいことは多く、また若い人たちと互いに学びあいたい期待は大きい。
  二年間240時間の講義で経験できる技術には限りがある。実務を続ける限り誠実に技術に向かい続け、それによってやがて自分の判断には信が置けるのだという自覚を得ること、その点で広く社会への目を持った棟梁が生まれることが望まれる。町家ブームと言われる状況でも、町家の存続にかかわる都市計画法、建築基準法や税制とのすり合わせは外堀の周囲で動き出したところ、その一方で町家バブルが起こり、陽の当たり始めた町家には一過性の商業利用と使い捨てがせわしなく追いかけてくる。その先には町家を作れるようにしない限り、町家は失われていくという当たり前の事実が控えている。
  風呂敷を広げながら、机上でカリキュラムは描けても、どこまで実践的な講義が行えるかは京町家作事組の活動そのものとそれに期待してくださる京町家ネットの全体、市民の皆様にかかっている。志のある若手職方の参加を待ち望みながら皆様のご理解と応援を改めてお願い申し上げます。
2006.3.1