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京町家再生研究会
大谷孝彦(再生研究会理事長)

町家再生 多様性の中で
 このところ町家について書くと、ついつい最近の町家改修のことに触れてしまう。それ程気になる問題である。改修は町家活用、都市の活性化のためには必要であり、最近の町家ブームもある意味、ありがたいことではある。しかし、こと経済性の追求のみが主たる目的となっているような改修事例にはやはり問題がある。

 私事で恐縮であるが、この四月からある女子大学に新たに発足した建築学科で「町家再生」の話をしている。学生は建築、文学、生活環境、デザイン、情報、食物など様々な分野から来てくれている。従って、私の専門である建築的側面からだけではなく、様々な角度から町家を論ずることとなる。組み立ててみた14回の講義の主題は京町家の概論に始まり、歴史、空間構成、くらし、職人、意匠的要素、耐震・防火、環境と都市制度、新たな活用、町並・景観、改修実践、再生の活動としくみ、などであり、最後に町家再生の現代的意義や社会的効果を総括すると、町家が技術、文化、経済、社会など、実に様々な分野に広く係わっていることを改めて感じる。そして、それぞれの主題が相互に関連し、重層しており、個々の問題を取り扱うと同時に、常に総合的な見方を持っている必要を感じる。

 まず、「町家」はくらしと建物を合わせて見る必要がある。建築の基本としての強(技術)、用(機能)、美(意匠)の要素は町家においては歴史的木造都市住居としての特性を持ち、また、町家のくらしの面において、防災上の不安の除去やメンテナンスの心掛け、自然との係わりを持つ節度ある快適さ、年中行事にも関連した美しい住まい方などと重なりあう。また、職人さんの話は単に技術のみならず,構造・意匠の美に関する感性、素材転用の合理性、施主と職人の連携のしくみに係わり、これらは文化、経済、社会に係わる問題である。また、我々の活動も、京町家再生研究会、作事組、友の会、情報センターとしての個々の専門分野の活動と共にと京町家ネットとしての連携、総合化が有効に働いている。町家はこのように多様な場の中にあり、そこにある課題は複合的であり、相互に関連する。

 一方、「再生」は歴史性の継承と新たな展開を同時的に含む。町家は日本の伝統的な木造建築である。ユネスコのもとで貴重な文化遺産の保存・修復活動に重要な役割を果たしているイコモス(International Council on Monuments and Sites)は文化財の保存について「真実性(オーセンティシティ)」という概念を重視する。ユネスコ世界遺産は意匠、材料、技法、環境という四つの分野のオーセンティシティーが評価の基準となって登録される。しかし、元々ヨーロッパの組石造モニュメントを中心として定められたため、元の素材をそのまま残すというイコモスの「真実性」は地域の文化を大切にする視点から定義が見直され、素材が腐朽する日本の木造文化における部材取替えの必然性が認められた。しかし、これはそこに伝え続けられる技と形の継承という木造文化ならではの真実性への理解があってのことである。町家は歴史的建築ではあるが、まさに人がくらす建物でもあり、文化財という表現にはなじまないが、しかし、歴史を伝え続けるものとしての真実性の継承がなくてはならない。

 それ故にも、町家再生は総合的な視野の中において捕らえていかなければならない。決して、経済性のみの視点で捉えることはできないのである。文化や社会とのバランスで見る必要がある。それが町家の有する真実性であり、かつての棟梁はそのような総合性ある感性を職人の技能の中にもっていた。今、職人、建築家、NPOなどの町家再生に係わる人々、そして、まず町家の住まい手がその感性を持つ必要がある。それは町家再生の理念として、手段として明らかにされるべきである。戦後のがむしゃらな復興から成長へという時代の流れの中で、庶民の間では誇りとすべきこのような文化的色合が褪せてしまったかのように思われる。

 京都においては、町家再生に係わる市民活動や職能団体、あるいは行政や学会によって、様々な施策、活動が展開されつつある。京町家まちづくりファンド、京町家不動産証券化、時を越え光り輝く京都の景観づくり審議会、景観法に基づく景観重要建造物指定、京都創生、耐震促進、ウィークリー型賃貸やアート型再利用などの町家活用、町家活用イベント楽町楽家などなどである。これらの施策、活動はそれぞれの組織によって、主体的に展開されるべきものであるが、町家を取り巻く課題が多様で、複合的である故に、これらを総合的な視野の中に捉えておくことも必要である。

 我々の活動のネットワークは専門性と総合性の下に有機的機能を発揮している。多様な人達の集まりにおいては、様々な意見もあり、割り切れない問題もあり、時には摩擦もある。しかし、そのような複合的な場であるからこそ、深見や味わいのあるものが生まれ、美しくことが進んで行く可能性がある。
2006.11.1