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京町家再生研究会
宗田 好史(京都府立大学)

京町家を支える制度─多様化する支援メニュー
 新しい景観政策が施行され半年経った。美観地区のデザイン基準に議論が集中する一方、充実してきた町家支援メニューも新しい。町家だけで、年間約1億5千万円規模で助成が行われている。一部では、税制面での優遇措置も始まった。隔世の感がある。
 10年程前は、京町家は施策の対象ですらなかった。残したい、伝えたいと思っても、その望みを断ち切るような社会と法制度があった。2万5千軒の町家は多様で、文化財級から多数の老朽住宅まで、小さな長屋は特に難しい。現在の支援策でも高い質の町家が優先される。
 まず、文化財としては「京都市指定文化財」(修理に対する補助金:上限1千万円・事業費の2分の1)、「市登録文化財」(上限6百万円・事業費の3分の1)、「国登録文化財」(設計管理費の3分の1)が充実された。すでに1970年代末から祇園新橋、産寧坂の町家は「重要伝統的建造物群保存地区」として修景助成の対象であった(外観修理費:上限6百万円・事業費の5分の4)が、今は都心の町家も数十棟規模で文化財になった。
 次に、景観法の「景観重要建造物」(外観修理費:上限6百万円・事業費の3分の2)31棟が新たに助成対象となった。これまでも京都市独自に界隈景観建造物として数軒規模で助成されてきたものである。これら拡大された助成に、一昨年から「京町家まちづくりファンド」が事業費の2分の1、上限500万円で、今年度は13軒、計21軒を支援している。これらをあわせ年間30から40軒の町家が支援される。もちろん京町家ネットも少なからず関っている。一方、市は売却処分される町家を緊急避難的に買上げる資金を数千万円用意している。さらに、文化財町家、景観重要建造物町家には、税の減免、低利融資、防災設備補助がある。種類により異なるが、相続税・固定資産税の減免がある。当事者にはまだ不十分という声もあるが、国税当局の固い対応に突破口が開き、広がりつつある。防災面でも少しずつではあるが、上手に残すための工夫が進んでいる。
 町家ファンドは、外からは原型が見えにくい看板建築も積極的に支援している。かなり小さな町家も対象になる。最近は、明倫学区の町家にクーラーの室外機用覆いへの補助などきめ細かい支援策も始めた。さらに一昨年からは「京町家再生賃貸住宅制度」として5戸以上の長屋を再生し、借家経営させる制度も始まった。御所東団地1棟だけの実績だが期待は大きい。こうして、文化財にならない町家、景観重要建造物でもない町家にも支援の手が広がってきた。
 広がった制度とその実績は、2万5千軒という数と比べ少なく見える。町家の裾野は広い。まだ手の届かない所に膨大な町家が残っている。しかし、厳しい財政状況の中、ここまで増えた事業費は決して小規模とはいえず、まだ拡大しそうでもある。対象が広がった分、果たして公的支援に相応しい再生かという厳しい眼が注がれるようになった。助成を受けた町家所有者の意識が問われるのである。
 当然ながら文化財町家の現状変更は、許可制(市指定)、届出制(国・市登録)で制限されている。景観重要建造物も許可制である。生活があるといい変更制限を嫌い、文化財指定を断った所有者が多かった。だから今は、制限の内容も細かく丁寧で、暮らし続けるための再生として随分改善された。助成事例が増え、年数がたつと、この制限の軽重にも賛否両論が出るだろう。社会の関心が高まり、公的介入が広がると、外部だけの修景でも、再生町家の住民の気持ちと世間の期待の間にズレが生じることもある。そもそも、自分の町家を自分で直してきた人は多い。事業用建物が公的助成を受けることは、重伝建地区では従来当然だったが、今後は異論が出るだろう。今も町家ブームは続き、その経済効果は大きくなった。
 一方、町家の保存再生とはまったく違うところで、新景観政策の影響が出てきた。新デザイン基準を受け、有力住宅メーカーが外壁や屋根の傾斜角を基準に合わせた商品を開発、販売し始めた。低コストだが部材の使用が限定される工場生産の企画住宅でも、旧市街地型などに対応し、日本瓦や面格子を使った町家風外観が用意された。戸建、集合住宅それぞれの町家仕様である。市の審査を経る中で、その是非も定まるだろうが、その対応は素早い。しかし、最終価格は上がるだろう。一般の住宅や店舗の建替えもデザイン基準でコスト高になろう。建売業者やマンション業者は安易に値を上げるだろう。つまり、新景観政策は町家を支援する反面、広い市民層の負担を強いている。これまで町家住民の物的、精神的負担が重いことに眼が注がれていたが、その状況は少しずつ変化している。こうして京都の町家再生が新局面に差し掛かった。私が学んだイタリアでは1980年代に保存の社会的負担の公正に関わる議論が起こった。それと似た論点が京都でも出るだろう。

 しかし、そんな懸念の前に、まだ残された課題は多い。まず、零細な町家・長屋を救う手立てが不十分、日本固有の借地・借家の問題、極端に安い家賃などが再生の障害である。防災、社会福祉面からみて、不良住宅問題はまだ解決できていない。急ぎすぎず、慎重に直面する課題を一つずつ処理するためにも、今も進化し続ける町家再生研究の課題は多い。

 
2008.3.1