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京町家再生研究会
松井 薫(京町家情報センター事務局長)

京町家情報センター10周年を迎えて

 またひとつ、近くにあった立派な町家が消えてしまいました。京町家再生研究会の活動が始まったころ、近くにあるよく知っている「あの町家」が簡単に取り壊されることに大変な危機感を覚えて、何とか使い続けられる手立てはないものか、という思いが活動の原動力だった、と聞いています。京町家再生研究会が始まって20年、スタートの頃となんら変わっていない現実を突きつけられると、無力さとにがい思いに満たされてしまいます。

 人という生命体が確実に生きていくために、局所に死があり、それを更新しながら、生命は継続していくという仕組みになっていますが、京町家も同様に局所の具合の悪くなったところを更新しながら、健全な都市住宅として生きつづけて来ています。それが健全な状態のまま、断ち切られるように取り壊されていくのは、人間が突然命を絶たれるのと同様、きわめて不自然なことと言わねばなりません。もうひとつ触れておきたいのは「時間」ということです。自然は長い時間をかけて安定した状態になります。人為的にこの安定を破ると、必ず自然は平衡点を求めて揺り返します。人間はしっぺ返しをくらうわけです。京町家のつくりは自然の性質に従って作られており、木材の加工技術も自然の性質を見極めて組み立てられています。これが長い時間とともにしっくりとなじんで安定した姿であるのが京町家です。現代の瞬間接着剤のような、時間の経過を省いた建物では、局所の死に耐えられません。硬くもろいだけに自然の持っている時間の揺り返しに持ちこたえられないのです。こういった、物質を接着剤で固めたような住宅に対して、町家は生きています。その町家が健全な姿のままで葬り去られる、というのは生きている町家本人の声を聞かないで、いきなりその寿命を絶つ、ということにほかなりません。全く人間の傲慢な行為の結果です。建物を人間の生命体になぞらえるのには無理があると感じられるかも知れませんが、町家に深く関わってくると、町家自体の声なき声が聞こえるようになってきます。建物の専門家でなくても、豊かな感性の持ち主であれば、ちゃんとその声は聞けるはずです。町家の保全・再生のためには、法制度の整備や財源支援の拡充も大切だけれども、根本のところは町家に関わる人たちが、町家自体が発してる声を聞けるようにすること、これが我々の使命だったはずです。

 町家の保全・再生の方向を阻害している要因の一つに、流通の現場がある、という問題意識の中で始まった京町家情報センターの活動も10年を経過しました。流通の時点で壊されることがないように、新しく活用する人にスムーズにつなげることができるように、と約30社の市内の不動産業者の方々と連携して活動してきました。10年の間に京町家をめぐる流通事情は随分変化しました。以前は「古家付土地」だった京町家が、はっきりと「京町家」という名称がつけられ、情報センター以外の一般の不動産流通の場面でも価値のあるものとして認められてきています。また空き町家が町家全体の1割強、5000軒程度と推定される中、情報センターが10年間に扱った町家は1200軒弱、相談に来られた町家の持ち主は160人、探しに来たユーザー登録者は1100人、そして契約に至ったのが150軒。契約に至るまでのそれぞれの特殊事情も情報センターのメンバーの智恵で解決してきました。また情報センターの登録不動産業者が中心となって、現行の制度の中で町家保全の方法を模索し、「京町家証券化」事業や「管理信託手法」による京町家の保全再生の試みがなされています。

 情報センターに見る最近の傾向としては、町家を求める人の範囲が広がって、若い人たちも多くユーザー登録に来られますが、社会情勢の変化などもあって、家主、借り手、ともに改修のための予算が十分にない人が多いように見受けられます。そうすると若い人たちはセルフビルドで直したいという希望を持ちますが、その場合、どうしても表面的な改修しかされない傾向にあります。出来るだけ長く住み継いでいけるようにするためには、衣裳替えでなく、骨格からしっかりと直したいところです。町家の保全再生に対する法整備も少しずつではありますが進んできました。また、金融機関も徐々に町家改修に対して融資をするところもでてきました。しかし、それらが整うのを待ってはいられません。現に、立派な町家が、十分使える価値を残したまま目の前から消え去っていきます。地域との連携など、さらに智恵を出し合って行かねばなりません。不動産業と市民活動のコラボレーションというユニークな形での活動が、まずはこの10年間で一定の成果を挙げました。そして今後ますます、京町家情報センターの活動が重要になってくるものと思われます。

2012.3.1