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京町家再生研究会
宗田好史(再生研理事)

京都を彩る建物と庭園−選定から認定へ

 2011年11月に京都市文化市民局が始めた「京都を彩る建物と庭園」制度については、『京町家通信』78号(2011年9月)ですでにお知らせしたものであるが、その後2012年度の2回目の募集をへて、市民から163件が寄せられた。この新しい制度は、市民が京都の財産として残したいと思う、京都の歴史や文化を象徴する建物や庭園を、公募によりリスト化・公表し、市民ぐるみで残そうという気運を高め、様々な活用を進め、維持・継承を図るものである。

 市民から推薦を受けた建物や庭園を審査会で検討し、所有者の同意が得られたものを選定、そのリストを公表している。163件の内、同じ敷地に建つ建物を整理して、149件が選定に相応しいと審査された。所有者が選定に同意したものが、125件、さらにリストに掲載、公表に同意されたものが113件にのぼる。この内、2回目の今年1月追加のものが41件だった。その一つに釜座町家があり「中規模で典型的な京町家、町内会の持ち物として会合や地蔵盆に使用されてきた。国内外の支援団体と連携して改修し、再生された。」と説明されている。2012年度は、さらに選定されたものの中から22件を、特に維持、継承の必要性が高いものとして認定し、その保存・活用のあり方の検討を始めた。

 選定・認定に加わった印象はまず数が多いこと、京都を代表する有名な旅館や京大の花山天文台や聖母女学院本館(旧第16師団司令部)などもあるが、大部分は未知の物件である。内容は建物が圧倒的に多く、それも町家が大部分ではあるものの、伏見や京北を含む洛外の民家が多いことである。こんなにあるのかと思わざるをえない。おそらく、一部の熱心な市民が眼の届く範囲で応募したもので、市内に町家だけで4万7千軒もあることを思えば、まだ氷山の一角だと思われる。大部分は保存状態もよく、推薦理由もそれぞれにしっかりと書かれている。

 数の多さは市民の関心の高まりからだろうが、その行く末に危機感をもつ人が増えたのではないかと思う。個々人やご家族の努力だけでは、多くの歴史的建造物、庭園の維持・継承は困難になりつつある。だからといって、いきなり行政や他人に任せることもできず、気付いた市民が選定リストに推薦すれば、悩んだ末にどう残していくかを真剣に考えるきっかけになるのだろう。中には所有者の自薦もあり、その覚悟の程が伺える。大多数の他薦の物件では選定と掲載の同意を伺うところから始まり、次の段階、つまり景観重要建造物(景観法)や登録文化財などに向けたお願いを文化財保護課が進めることになる。当然、この過程で所有者のお考えが定まることになる。

 制度では積極的に活用を考えることになっているが、都心の町家と違い、中川や京北、洛外の民家は規模が大きく修繕費が嵩む割に、住宅や商売での需要はない。選定から認定へ、避けられないとはいえ、京都市はさらに難しい活用の課題を抱えることになった。

 その京北からは地元のNPO「ふるさと京北鉾杉塾」が熱心に応募して下さった。屋敷内に水路を引き込むイトヤのある家々である。文化的景観選定に向けた取り組みが進む中川の磨き丸太の民家も上ってきた。印象的だったのが、東山区古川町商店街の4つの店舗である。格子や虫籠窓のある町家。古い引出しが際立つ薬舗で、昭和の雰囲気漂うレトロな商店街を目指した活動の一環として商店街振興組合が応募したと聞いた。こうした地域の皆さんの熱意に押されて、保存、継承される建物や庭園も今後は増えよう。選定から次の段階に進めば、地域の皆さんの力をえて、どう保存、活用するかを考えることになる。

 歴史的建造物保存では、先駆的な英国のナショナル・トラストが知られる。英国内だけで、現在1,127qの海岸線と25万haの自然保護区を所有管理するというが、300件余の歴史的建造物、7万3千の遺跡、その他数知れない庭園も所有管理している。米豪など英国以外に12、加伊、アイルランド等に類似の組織がある。ポターやチャーチルがその家を遺託したことは知られるが、維持できなくなった貴族の邸宅も多い。昔は、マルタ騎士団や教会財産に託することもあったというが、今ではナショナル・トラストの方が世間の評判もいい。皆に子孫がいる訳でもないから、必要な仕組みなのだろう。

 一方、釜座町家は斧屋さんが釜座町に遺贈したという。それを今も大切に保存、継承する釜座町会の皆さんはローカルなナショナル・トラスト、小さいとはいえ相当な資産であり、その運営の手間と費用は数少ない町内会員にとって相当なものだろう。そのお町内も、他をみると今後どう変わるかの懸念も残る。とはいえ、独居世帯が3割以上の現在、家族と地域社会の形は避けようもなく変わっている。その家族が永遠に家を継承することが難しい時代になっている。

 ナショナル・トラストの管理する歴史的建造物は大規模なお城やマナーハウス(邸宅)、規模は別としても、個人やご家族の努力が及ばなくなった京町家を保存、管理する仕組みが必要になった。再生研の次の課題である。買い取るとすれば、その資金をどう捻出するか。預かるとすればどう運営するか。また、どんな形で活用するかなど考えるべきことが多すぎて非現実的とも思われる。かといって、それを行政に期待するのは非現実的というより幼稚な発想でしかない。だから、最も進んだ英国でもそれ以外の国々でも苦労を重ねながら市民が率先してその仕組みを創っている。

 今回の応募では庭園がまだ少なかった。とはいえ、外から見えない庭園は無数にあるだろうし、その維持管理も難しいだろうから、今後急速に増えると思われる。公開し、公園に利用するというのでは適切な保存、継承とはいえないだろう。また、2013年度には「市民が残したい無形文化遺産制度(仮称)」が始まる。既存の法制度では保護できない京都ならではの伝統を選定し、継承を進めようという。個々人の努力では及ばない分野を市民社会の力で取組んでいこうという、新しい活動はまだ始まっていない。 

2013.5.1