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京町家再生研究会
宗田好史(再生研副理事長)

困った町家活用─一般住民はどちらを選ぶのか

 昨年4月に施行された京都市伝統的木造建築物保存活用条例は、町家など伝統的建築物の増築や用途変更を行う場合、建築基準法の定める規定に適合させることで、伝統的な意匠・構造ができなくなることを避け、木造建築物に適した安全基準を確保する制度である。つまり、伝統的な性能を尊重し、京町家をその本来の構造に適した改修で安全を確保しようという。だから、基準法の定めに従うのではない分、町家再生に関わる建築関係者の責任は一段と重い。伝統的構造の安全性を敢えて主張する責任が問われることになる。

 この条例はもう一つ、京町家の伝統的意匠の保存を目的に挙げた。確かに建築基準法に適合させるために町家本来の美しさが損なわれる事例も多い。しかし、町家の意匠が失われたのは、基準法だけが問題だったわけではないことを思い出す必要がある。多くの町家は生活様式の変化とともに頻繁に改変された。必要な改造ももちろんあった。設備が変わったからである。しかし、数多くの町家をみた経験から、その町家に備わった美しさ、伝統的意匠の魅力を安易に損なった無造作な改造が多かったとも今では思う人がいる。

 同時に再生研でよく話題になるのは町家活用店舗の改修である。町家の伝統意匠・構造を理解しないままの改造が少なくない。町家ブームの影響で、これまで町家に暮らしたことがない一般の人々が町家を買い、借りて住み、商売を始める。加えて、斡旋した業者も改装した工務店も町家の伝統的意匠・構造をよく知らないから、町家再生とは名ばかりの便乗組が京町家を内側から破壊している。それも建築基準法の隙を突いて、確認申請の要らない範囲を騙って改修しているとすれば、その法的責任は重い。意匠の是非については議論の余地もあるだろうが、構造は厳しく責任が問われるだろう。この条例の本当の意味は、これらの違法状態スレスレの境界領域に光を当てた点にある。基準法はもう言い訳にはならない。町家の住民・所有者を守ることは当然であるが、よく知らずに町家に憧れて住み始めた住民も適正に保護する必要があるだろう。

 責任は改修を手掛けた設計者、工務店にある。それを斡旋した不動産業者の責任も重要事項説明の内容になる。2008年改正建築士法で定められた設計・工事監理契約の際の重要事項説明、宅建取引業法の35条書面では、都計法、基準法の制限内容はもとより、耐震改修・診断の有無などに加え、歴まち法の届出義務なども説明責任に含まれる。さて、京都市の新条例を適用する場合には、どんな説明責任が求められるかを検討すべきだろう。

 一方、伝統的意匠の保存に関しても表面的な便利さ快適さを安易に求めるために町家本来の美しさを壊す改修は取締まるべきだろう。安っぽい建売住宅のような室内は町家や長屋に相応しくない。建売業者から町家を買う人は、よほど注意しないと便利さに騙されるかもしれない。せっかく京町家を選んだのに、本来の意匠がどこにでもある稚拙な建売住宅に改悪されていたら羊頭狗肉、町家再生とは名ばかりの古家詐称になりかねない。空町家が多いとはいえ、ただ急いで活用すればいいというものではない。再生研の20年の活動の成果を踏まえて、安易な町家流通による劣化を阻止する取組みを始めなければならない。

 今、時代は大きく変わっている。消費が拡大することで経済が成長した20世紀は終った。今は無駄な消費を省き、賢い選択が求められ、身の程を知る暮らしが美しいと思われる時代になった。この転換の中で京町家の再生は進められてきた。豪華な大規模町家に限らず、小さな町家や長屋の意匠にも、京都らしいこの賢い美意識が込められているからこそ京町家は美しい。だから、京町家情報センターは丁寧に町家の新しい住民と共に学び考える時間を大切にした活動を続けてきた。住民が京町家の美意識を再認識、再生しなければ、大量生産・大量消費の20世紀型の使い捨て住宅と同じになる。そんな没個性の暮らしを唾棄するからこそ、町家を求める人々が増えてきたのである。

 現在では、町家流通は年間100件を大きく超える規模に拡大した。空家の膨大な数を思えば、新たに流通される町家や長屋は少ないのだが、購入希望者が列をなして待っている。その分町家再生の事例が増え、それに関わる建築不動産業者が増えてきた。そして量が増えた分、町家再生の質を確保することが難しくなった。求める人がいるから売る、貸すというだけでは職業倫理は果たせない。社会的責任は深く問われる。そこにこの条例が登場し町家再生は新しい時代に入った。町家再生がさらに進化するためには、条例の主旨に添った関係者の意識改革が要る。町家に適した安全は確保されているのか。災害が起こった時、住民の安全を確保するための手立ては尽くされているのか。安易な改装で住まい手を危険に晒していないか。改修前よりもその町家はより安全に、またより美しくなっているのか。そして、町家保存に資する再生として誇りを持てるのか丁寧に再考する必要がある。
2013.9.1