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京町家再生研究会
宗田好史(再生研副理事長)

京都創生連続講座in東京

 去る2月7日、東京の野村プラザで「智恵の継承-京町家の再生を通して」と題して「京都創生連続講座in東京」が開催された。この企画は、京都市、京都商工会議所、京都市観光協会が進める京都創生事業の「京あるきin東京2014〜恋する京都ウィークス」として、196の京都の団体・大学が112の事業を2月4日から19日まで間、都内各地で繰り広げたものの一つである。昨年に引き続き、WMF支援の広報活動として、京都市景観まちづくりセンター主催の「第2回京町家東京シンポジウム」として、再生研が企画した。内容は、小島理事長のコーディネートで、京町家友の会長・西村吉右衛門氏(ちおん舎・舎主)、米国人のアラード・チャールズ・ジュニア氏(ウィントン・キャピタル・アジア香港代表取締役)をパネラーにお迎えした。昨年の大西清右衛門氏と英国のD.アトキンソン氏同様に、京町家に関わり深い内外のお二人にご登壇いただき、京町家を巡る知恵の継承を語っていただいた。

 アラード氏のお父上は米国北東部マサチューセッツ州ナンタケット島にお住まい、H.メルヴィル『白鯨』の舞台、イシュメイルがエイハブ船長とモビィ・ディックの壮絶な戦いを語った木賃宿のある町という。19世紀の町並みを伝えるデザイン規制の町並みをスライドで語り、古都京都でも当然のように古家の継承を志した。再生研の内田氏の設計で再生した西陣の織屋造の長屋の一軒(『京町家通信』vol.66、2009年9月)への思いを語った。

 昨年は技の継承を語り、今年は暮らしと生業の継承を話題に穏やかな対話が続いた。その佳境で「私たちが考えていることを、どのように次世代、子供なのか、違う別の誰かなのか、そういう人々に引き継いでいくための手だてがあれば、教えていただきたい」という小島理事長の問いかけへのアラード氏の答が一瞬の間をおいて静かな拍手を呼んだ。曰く、「現代社会の最高の出来事は医療の進歩です。皆が元気に長生きし、一昔前40年だった寿命はほぼ倍になりました。伸びた半分をどう生きればいいか。一人一人が考えること、次世代のために自分の想い、アイデンティティーを手渡すのが一番大切なのではないかと思います」という。

 与えられた後半生を自分のためでなく、次世代のために使おうと考える人がどれだけいるのだろう。寿命の伸びは余りに急速で、人生を成熟させる知恵を持たない我々は、若作りにばかり勤しんでいる。古きを思い、新しさに違和感ばかりを募らせる我々は成熟とはほど遠い。時代の変化に目を瞑り、保守的志向で次世代の創意工夫の芽を摘む愚を犯す。前半生で得た経験を役立つ知識に転ずる手間を惜しみ、臆病がちに考えのない繰言を口走る。

 20年前に始めた京町家再生は過去への憧憬ではなかったはずだ。保存でなく再生と名乗ったのは、次世代に新たな価値を手渡すためだった。この思いは、バブル期を浮かれて過ごした我々には新鮮な思いだけでなく、深く豊かな時代が始まるという期待もあった。

 この東京シンポジウムは小島理事長発案で、内外お二人の深い思いを対称させる企画である。その妙で浮かび上がる豊かな町家への思いが見えた。アトキンソン、アラード両氏共に金融界で成功された大金持ちである。だから京町家を求め、それぞれに日本文化を究める文化人でもある。しかし、その豊かさは決して財力にあかしてのものではない。アラード氏の長屋は決して贅を尽くしたものではない。心根の貧しい者は富豪の道楽と嫉みがち、その裏にあるプライスレスな豊かさに気づくことは難しい。プライスレスな価値が京町家にあることを、今更ながらにアラード氏が再確認してくれたシンポジウムだった。

 この気づきが我々が目指す成熟社会の価値観に繋がると考えるのは私だけではないだろう。余分なモノをもたないから豊かに美しく暮らす町家暮らしの知恵がある。町家を通じて初めて次世代に伝えることのできる家族の文化的アイデンティティがある。お父上のナンタケット島から遠く離れ、香港を拠点に東アジアを飛び回って暮らすアラード氏が西陣の長屋でお子さんたちに伝えたい文化的アイデンティティが何かを想像することは難しい。しかし、京都に暮らす我々も広い視野から京町家再生を通じて継承すべき知恵を深く認識すべきだろう。お金があるからではなく、継承すべき知恵があるからこそ豊かなのだという点を再認識したことから、京町家再生研究会は始まった。

 その対称からみたからこそ、西村会長のお話がよく理解できた。ちおん舎はそのための創意工夫の賜物である。代々受け継がれた最も大切なご家族の文化を継承する優れた装置なのである。それを我々が知る機会をご提供いただいている。

 都内で今冬2度あった大雪の前夜にもかかわらず、会場には180名の方々が集まった。東京には京都好きが多い。特に中高年の京都ファンが集まった。それは、京都を通して成熟した生き方を探っている方々かもしれない。後半生の生きがいに、次世代への知恵の継承を望む人々は多い。しかし、現在の日本では一般の人々が、それを実現することは限りなく難しい。だから、京町家に期待が集まるのだろう。

2014.5.1