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京町家再生研究会
宗田好史 (再生研副理事長)

地方創生と町家再生

 安倍内閣の地方創生策として、「まち・ひと・しごと法」が施行された。現在、我国が直面する人口急減・超高齢化に対し政府一体となって取組み、全国の自治体がそれぞれの特徴を活かした自律的で持続的な社会を創生しようという法律である。人口の減少に歯止めをかけるとともに、東京圏への過度の人口集中を是正する。そして、地方で住みよい環境をつくり、活力ある地域社会を維持するという。そのため国民一人一人が夢や希望を持ち、潤いのある豊かな生活を安心して営むことができる地方をつくり、地域を担う個性豊かで多様な人材をえたいという。そこで、地方にも魅力ある就業機会の創出を目指している。

 ではなぜ、地方で人口が減少し、東京集中が起こったのかを考えたのだろうか。なぜ、地方には潤いのある豊かな生活を期待できない若者が多いのかを考えたことがあるのだろうか。昔は東京に行けば夢も潤いもあると期待した若者はいたが、今はそうでもない。だから、職場があれば若者は地方に残るはずだと企業誘致の活性策は空振に終わった。新幹線、高速道路や空港を造ったが、逆に人口減少が進んだ。こんな戦後の開発の歴史を反省したのだろうか。高齢化した地方の政治家の考えと若者が望む将来像とのミスマッチに気づかないのだろうか。21世紀になって、人の暮らしも仕事も変わったから、このズレはますます大きくなった。法律を定めて地方に若者を呼び戻そうというのは、去ってしまった恋人の心を取り戻そうと屁理屈を捏ねるように空しいとは思わないのだろうか。

 21世紀も15年たったが、今も20世紀の考え方を若者に押付け、仕事を探し、まちづくりを進めようとする人は多い。それは、20世紀の経験を忘れられない高齢者の意識に原因があるだろう。超高齢化で20世紀というより昭和の発想で考える人が多い。しかし、時と共に人と仕事と暮らしは変わり、町も変わる。

 20世紀と21世紀で京都の町で変わったことは多い。町家再生もその一つである。ただの老朽木造住宅だった町家が高値で売買されている。町家を壊していた不動産業界が町家再生を仕事にしている。日本の不動産はまだまだ安いと、国内でも人気の高い京都の物件を買い漁る中国資本が町家を探している。こんなことは20世紀には考えられなかった。

 町家の仕事も変わった、伝統産業と個人商店が中心だった町家は、まずサラリーマンの住宅に変った。20世紀末には商売を畳んだ町家に飲食店が増えた。これらの変化の過程を乗越え、21世紀創業の新世代ビジネスが町家に増えている。らくたび社もWMF支援の町家に入り最新の情報を発信している。だから、働き方も変わり、変わった働き方が新しい流れを創りだしている。

 もちろん、町家の住民の変化も大きい。大店や大家族が減り、小さな家族が大部分となった。その家族を見ても男性優位は消え、元気な女性たちが活躍している。中には、昔の伝統産業とは違う考え方で町家の中で創造的な手仕事を始めた女性もいる。環境意識の高い若者が増えて、ロハスな家族が増えた。京都に戻ってくる女性も増えた。町家があったから京都ではこんな新しい動きが起こったといいたい。町家がないから見えにくいが、全国の地方都市でも同じような動きが起こっていると思う。まち・ひと・しごと創生本部の官僚たちは、この動きに気づいているのだろうか。

 人と仕事が変われば町も変わる。20世紀の家族が暮らす町がマンションばかりでいいはずはない。都心の華やかな一人暮らしは別として、街中では隣近所のつながり、絆を求めて暮らす人は多い。つきあいの苦手な人も町家を媒介に付き合いが始まることもある。昔の家族の記憶が込められた町家で孫世代が新しい暮らしを始めることも珍しくない。

 変わりゆく町とともに、京都では都市計画制度も変わった。2007年の景観政策もその一つ、京町家通信でも紹介した空家条例や三条条例など、この20年の新制度の背景には町家を切っ掛けに起こった大きな変化があった。こうした町家を巡る四半世紀の転換を丁寧に点検していく必要がある。

 放っておくと半世紀も前に若者だった人々が、その当時の思い出で21世紀の現在を生きる若者の希望を踏みにじる。20年前に町家の保存と再生に反対した人々は、今も元気に発言を続けている。特に、京都以外の多くの地方都市では、まだまだ大きな抵抗勢力となって地方創生を阻害している。阻害というより、権力があるから地方創生で多額の補助金を得て、地方の破壊を続けようとしている。伝えていい自らの経験と伝えられない、伝えない方がいい経験の区別を考えずに、自らの経験に縛られている。その縛りが自らのアイデンティティとでも思うのか、ただ次世代に押し付け、新時代の発想を拒み続けている。

 しかし、そう思う私自身も京町家再生の20余年の成功体験に縛られつつある。若い人がどんな思いで町家再生に取組んでいるのか見えないのかもしれない。実際、我々とは別の価値観で町家を語る若い人は今も着実に増えている。

 京都創生では、文化、景観、観光を挙げた。町家再生は町家の暮らしの文化を未来に活かすことを通じてより良い京都の町を創りだそうとした。活かすのは若者である。全国の町家再生交流に期待し、若者に譲るための新しい地方創生の動きを広めたい。

2015.3.1