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京町家再生研究会
宗田好史(京町家再生研究会副理事長)

京町家条例に向けたシンポジウム−これ以上町家を壊さないために

 2016年6月4日、京町家再生研究会は京町家ネットの各組織とともに京町家条例策定に向けたシンポジウムを開催した。会場の京都文化博物館の別館は120名を超える参加者で満席になり、中でも不動産関係各社の関心の高さが表れていた。

 この企画は、昨年12月門川京都市長に提出した「京町家の流通促進による保全・再生策に関する要望書」(『京町家通信』vol.104、2016年1月号)を広く市民・行政に訴えることが目的である。要望書を連名で提出した京都府宅地建物取引業協会の支援のもと、同副会長北川安彦氏、京町家情報センター幹事でもある西村孝平氏がパネラーとなり、その趣旨を熱心に語った。また、京町家友の会会長のデービッド・アトキンソン氏も超多忙なスケジュールを割いて参加し熱弁をふるった。京都市からは都市計画、町家担当の小笠原憲一副市長が参加、小島冨佐江理事長のコーディネートでディスカッションを進めた。

 我々は要望書で、これ以上町家を壊さず、町家のまま売り貸し、受継いでほしい。だから壊す前に京都市に知らせる仕組みを作ってほしいといった。すでに、情報センター加盟の11社はこの5年間に456軒の売買、411軒の賃貸、計867軒の町家を新たな住民に手渡した。コインパークになる直前に西村氏が救った町家があったという。借りたい、買いたい人が大勢相談に来ている。町家を壊して土地を売るなら壊す前に町家を売ってほしい。

 戦後70年経った今、世代継承をめぐる古い常識が変わりつつある。戦前世代と違い、戦後生れ世代は家業も生家も継承しないのが当たり前、皇族方やお家元でもない普通の家族が町家を守り続けるのは難しい。経済、家族形態、暮らしぶりは大きく変わった。反面、我々の平均寿命が延びた分、継承の機会は遅くなり、古い常識が残った。それを断ち切ってすっきりしたい気持ちは分る。すっきりしないままに、空家は増え続けている。しかし、町家を壊してまですっきりする必要はない。上手な売買、賃貸をお勧めしたいのである。

 だから一言京都市に知らせ相談する仕組みを作ってほしいと要望した。一方、自治連合会や地域景観協議会がその活動の範囲で空き町家を通知してくれば、市は一緒に所有者に働きかけて皆で相談できる。さらに、気になる町家を見つけた市民が「京都を彩る建物や庭園」に推薦すれば、選定・登録に進み、所有者に保存を働きかける。加えて、町家物件が持込まれた不動産事業者が市に通知することもできよう。北川氏は、この事業者による通知の仕組みを主張した。町家だと 思った時点で、市の町家データベースを参照し、ID番号を確認することから自動的に市に通知される。

 この通知の仕組みを、所有者の「町家除却届出の義務」とする条例制定は提案の骨子ではあるが、所有者の義務に限定する必要はないだろう。個人の所有権を侵すことなく、皆で働きかける方法を探る方が、現代の市民社会にはより相応しく思われる。延べ千人の市民のボランティアで得られた町家データベースを活かすためにも、市には町家所有者にそれが町家であり、市と市民はその保存活用を薦めていることを告知する義務があると思う。

 2007年に始まった新景観政策で町家街区には高さ15m以下で形態と色彩が町家に即したマンションが増えてきた。しかし、町家除却が止まらなければ町並みは悪化する。ある日突然、誰も知らずに町家が壊される。コインパークになって皆が気づく。その変化を調べてみると町並みが蚕食される様子がよく分る。やがて、一つも町家がないのに建築ガイドラインによるマンションだけが建並ぶ日の町並みは悲しい。高齢化が進み、多死社会に差し掛かった今だからこそ、増加する相続から町家を守る特別な努力が要る。町家の資産価値は高まった。壊さなければ損をする時代ではないのである。

 実際、中小の町家は住宅や店舗、そして宿泊施設としての活用が普及した。町中の不動産屋さんが熱心に斡旋している。相続する方々にいいアドバイスができる。一方、大規模町家の活用は難しい。特に高さ31mが許される幹線道路沿いでは、マンション業者が高値で買い取っている。日々景観が美しくなっていく京都都心ではマンション需要が旺盛である。京都の町を知らない市外の大手業者にこそ、町家とその敷地を買取る前に市に通知するよう義務付けて欲しい。京都では市民・事業者・行政が一体となって町家の町並みを守る努力をしていることを知らせ、大型町家でもそのまま活用したい少数の企業があり、シェアハウス、町家ホテル、高齢者福祉施設、大学の町中キャンパス、美術館等として活用する努力する方途があることを知らせたい。美しい景観にタダ乗りするのでなく、京都の人々の努力に協力するビジネス・ルールを守ってほしいのである。

 要望書を受けて、京都市都市計画局まち再生創造推進室は「京町家保全・活用委員会」を発足させる。推進室には町家担当の他、空き家担当、細街路(袋路)担当があり、空町家と路地の長屋再生・創造の様々な補助制度を整えた。この総合力を発揮し、これ以上町家を壊さないための決めの一手を編み出してほしい。

 アトキンソン氏はその英国の家と比べ、ほとんど規制のないに等しい京町家の実状を嘆いた。美しい町並みには規制(ルール)がある。ルールに沿って住民が日々の努力を積み重ねることで美しい町並みが整うという。8割の市民が賛成した景観政策を進め、日本の文化首都として輝きを増す「町家の京都」を再生・創造するために、市民・事業者の力を結集させたい。再生研のシンポジウムは、参加者と共に町家再生の次なる段階を提起した。

2016.7.1