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京町家再生研究会

町家の町並みを歩く──京都都心の交通問題の今

宗田 好史(京都府立大学)
 11月11日の月例会は「明倫学区を歩く」と題し、ちょうどこの時期、都心部の各地で「まちなかを歩く日」が実施される中、小島さんと松井さんのご案内で、明倫学区の皆さんの取組みを見る会が予定されている。都心でもよく町家の町並みが残されている新町通界隈を散策した後、明倫学区のまちづくりについて伺うという。
 「まちなかを歩く日」は今年で7回目、6年まえに国土交通省の交通社会実験の取組みを背景に京都市が中京区の地元自治連合会や商店街、市民団体に働きかけて始めた事業が、資金的な行政支援がなくなった後、地元の取組みとして続けられてきたものである。今年は、明倫学区の「明倫文化祭2006」他、隣の本能学区では「おいでやす、染めの街本能」、「城巽音楽フェスティバル」、三条通周辺や、姉小路界隈など、全部で14のイベントが繰り広げられる。11月上旬のイベントとして、もはやすっかり定着した感がある。
 他の国や都市と違って、京都の都心部ではまだ、車を規制し、歩行者優先の街路空間が広がっていない。町家・町並み再生も遅々とした動きに見えるが、交通問題への取組みはそれ以上に遅れているように見える。しかし、この間京都市内でも車社会を見直そうという世論が高まってきた。より深刻だとされた嵐山長辻通、東山清水五条坂を中心とした観光交通の施策も、6年以上続けられ、今年は都心でも本格的な交通規制のための社会実験を始めようと、京都市都市計画局が本格的に着手し、地元関係者との協議会が立ち上がり、議論が進んでいる。町家の町並みが整ってくれば、次は歩きやすい街路が欲しくなる。本来、街中は歩いて回るべきところで、歩いてこそ町家の美しさも、老舗の魅力も感じられる。町並みが美しい場所では自動車の騒音や排気ガスがより不快に感じられるという環境工学の実験結果もある。
 来年度実施予定の都心部交通社会実験には、大きく二つの取組みがある。まず、四条通・河原町通りをトランジットモールといって、バスなど公共交通だけが通れるようにする、だから歩道を広げて歩きやすいようにする。もう一つは、三条通、御幸町通などの細街路での自動車の通行を規制して、歩行者天国にしようという。できれば、もっと広い範囲でと考える人は多いが、簡単には広がらない。すでに、協議会では細街路での実験に強硬な反対意見が出ている。
 町家を活かしたまちづくりのために建物の高さ制限を厳しく、容積率を一挙に下げようという京都市の提案にも反対意見は目立ち始めたが、自動車の交通規制に反対する声はかなり大きい。反対意見の先鋒は一部の駐車場経営者である。特に機械設備に相当な投資をした立体駐車場、あるいはコインパークの経営者が反対する。道路交通法の改正で駐車禁止の取締りが厳しくなり、利用率が上がった駐車場にとって、通行規制は営業妨害だという。さらに、その機械を納める業者も反対意見を応援する。この他、その通りの事業者の方々も心配されるが、規制されるのは関係のない一般車両で、関係者の車両の通行は認められるため影響は小さい。
 そもそも、都心の細街路を通る車の半分以上、多い日では7割が用もないのに抜け道に使う車である。問屋街には昔日の面影はなく、宅配業者も最近ではカートを使うため搬入出車両は全体の15%、顧客の車は20%もない。河原町や烏丸などの幹線道路の多い信号を避け、夜には自慢の車を見せびらかしたい若者が走る道になり、その車が折角の買物客に不快な思いをさせている。多くの店舗にとって通行規制は顧客増につながることは世界の常識でもある。
 「まちなかを歩く日」を始めた頃にも駐車場経営者の反対はあったが、今ほどではなく、実際に車を締め出すことができた。それが、世論の高まりに反して、今では強硬な反対意見をいう。調べてみて分かったことは、四条・河原町・御池・堀川の各通りに囲まれる一帯では、コインパークはこの7年間、2.5倍に増加した。知らない間に、一般のデパートや企業と契約のある民間駐車場を上回る勢いでコインパークが増加していた。
 これまで、コインパークは過渡的な土地利用で、やがてはビルやマンションが建つと考えられた。町家が壊された跡に、少なければ3台、多くても7、8台程度のコインパーク、でも賑わいが戻ればまた店になると思われていた。公営はいうまでもなく、民間の駐車場も足りない都心部では、コインパークの利用者は増え、利用率が大いに上った。土地を手放したくなければ、コインパークこそ安全な投資だと思われている。このままでは、どこかの地方都市のように、マンションと駐車場ばかり、その中に点として町家が残るという、とんでもない街になる。多くの住民・事業者はいうまでもなく、一般市民、観光客もそんな街を望んではいない。しかし、放っておくと地権者をはじめ、関係者がそれぞれの利益の最大化を望むと、結果として皆が損するという典型的な都市(市場)衰退のメカニズムが働いてしまう。
 だから、よりよい方向に転換しなければならない。京都の都心が高層マンションとオフィスばかり並ぶどこにでもある街になってはならないのと同様に、コインパークが多い殺風景な街にしてはならない。町家再生には一定のルールが要るように、町家のある街には一定の交通ルールが要る。すべての車を排除するわけではない。街で暮らすためには、ルールや作法が要る。お座敷に土足で踏み込むように、町家の通りを車で走る無作法をわきまえなければならない。町家の作法は、歴史都市で暮らす作法として、交通問題でも大いに再生されなければならない。

2006.11.1