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京町家再生研究会

京都市の新しい景観政策と京町家

末川 協(再生研究会幹事) 
 京都市による新しい景観政策が示され議論を呼んだ。その是非を問うためには、なぜ、いつから景観の変質が京都で起こり、今も続いているのか、これからどこに向かうのか、少し前のことをいともたやすく忘れやすいと自戒の念を込めて状況を省みることも無駄ではないだろう。
 京都で今日につながる大規模な景観の変質が始まったのは1980年代のバブル経済期である。景観の保全や誘導に高度に政策的な手段が必要なことは当時でも自明であったが、特定の政治政党が景観問題を専売特許のように語る一方、経済の活性化と景観保全という単純な二律背反の中で思考停止が起こり、総論として景観保全への具体的な歯止めはないままに京都の歴史的市街地は開発の波に洗われることになった。この時期に施行された総合設計制度は個別の建築の変質を超えて京都の歴史的な街区の地割を根こそぎ変えるための手段である。景観論争の的になった官民の大規模プロジェクトの実現とは別に、京都の歴史的街区は、大正時代から変わらない商業地域指定の中で、さほど立派なオフィス街や店舗街にはなりえず、高容積を使い切るマンションばかりが目立つ結果となった。都心で昔ながらに暮らす人々が狂乱と言われた地価の相続を迎えることは、受け継がれた町家の存続にとって致命的であった。そしてバブルがはじけた後も不況の中でも売れる建物はそれしかない点で、床面積の算定免除が集合住宅に優遇される中、住み替え需要に乗ったマンション建設は続いた。同時に地価下落の効果として都心でのミニ開発も増え、更に周辺の高容積化を補填する形で駐車場になる町家の取り壊しも続いている。近年の職住共存地区指定は画期的かつ実質的なボリューム制限であり、ある規模以下のマンション建設の抑止に働き、その後の地価のモニターを可能にした。しかし建売ミニ開発と駐車場の増加には決め手はない。
 本題の新しい景観政策であるが、きめ細かい地区指定、高さ規制の見直し(実質的にはボリューム規制)、色調の枠決め、勾配屋根の導入、屋上工作物に対する規制、広告物の規制、インセンティヴの手法、重点的な眺望のピックアップと保全、景観重点建築からの波及効果の期待など、バブルの掛かりの20年前に、必要の予見とかなりの具体的提言がなされており、それほど新しくないものも多い。いずれも歴史的な市街地における現代建築のあり様を(多くは町家の姿に倣って)誘導するものである。本物の町家の継承への効果で言えば、立地の開発プレッシャーを抑えるというその一点において期待ができ、町家が建築基準法上の既存不適格であるかぎり、これからもその再生は所有者と技術者の意思に委ねられる。伝統的な町家が本当に再生産されるためには、その合法化と建蔽率の見直しが必要で、さらにそれが市場に乗るためには、建主の意識と意思と同時に、ボリューム規制の抜本的な見直しや、良し悪しは別にして他の優遇措置が必要になるのだろう。
 この新しい景観政策への反論は、知りえる限り経済的な既得権の保護と救済に関するもので景観そのものに関する議論ではない。地価の下落の心配の一方でビンテージマンションが現れ、何が本当になるかわからない。話題に上がるケラバ(屋根の妻面での持ち出し)も、町家に関する限り敷地境界とは関係なく高いほうの建物が低い側に差しかけるべきもので、耐候性はもとより防火のためでも用心のためでも隣家との隙間などは無いほうが建物に良い。そしてマンションよりも建売住宅よりも、当たり前のように既存不適格であり続けるのが町家である。今後も新しく建つ京都の建築にはボリュームとは別の質が問われ続ける。
 景観、それ自体に価値があることが社会的に思い出されたことは確かである(2月15日の京都新聞の世論調査では95.9%の市民が京都らしい景観を守る必要があるとの考え)。フランス橋や大文字の前の超高層で創るのではなく、京都での景観の価値はグリッドパターンの街区、三山や河川の眺望という大きな同一性の中にある歴史の多重性にあることも、再び確認された(同じく、市民が一番残したい景観は眺望、社寺等、町家の合計で、88.3%)。そして同時に景観は、その時代の地域の社会的な価値観を総体として視覚的に示す。ディズニーランドも六本木ヒルズも、それぞれに価値観を示す景観を持っているのだろう。ひるがえって京都では、千年の時間をかけた美意識の洗練があり、時代ごとに良質と判断されたものが残されてきた。歴史的なモニュメントだけでなく全体として引き継がれてきた都市住宅が町家であった。ケラバに象徴される共存の原則の中で、様々な生業を包む大店も借家も間口の大小ある家も、並びあい向かいあって「そこそこに」「それなりに」美しく見えるシステムこそが町家である。

2007.3.1