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京町家再生研究会

京都の家は古いのか?

宗田 好史(京都府立大学准教授) 
 建築基準法改正で今年6月から着工前審査が厳しくなったため、全国的に建築確認件数が減り、着工件数も大幅に落ち込んでいる。京都市では9月の新景観条例施行により、さらに落ち込みが激しいという。数字の見方にもよるが、京都よりも落ち込みの激しい地域もある。建基法改正の影響が大きいあまり、その陰に京都市内の新景観条例の影響は隠れているともみえる。一昔前までは、住宅着工数が減ると関連分野が大きいため、景気への影響が大きいと懸念されたが、最近の報道ではそんな話題もなく、グローバルな動きから景況を説く論調が多い。しかし、市内の業界の皆さんの懸念は深刻である。

 建築関係者が多く集まる再生研の論考に書くと、傷口に塩を塗るような話かもしれない。しかし、そもそもそんなに新しい住宅がいるのだろうか。全国統計でみると、1950年の建築着工床面積は年間3千万m2、それが1973年に3億m2と10倍に拡大し、今も1億7千万m2前後の水準にある。京都市内でも毎年130万m2、約1万4千棟前後建てられている。

 その結果、京都市内に建つ住宅の内1960年以前のものは10%もない。都心4区(上中下京・東山)でも22%まで下がった。2万5千軒あるといわれる町家は、市内全住宅の3.9%である。反面、21世紀に建った新築住宅は21%もある。再生研ができた15年前以降で35%、1981年以降で65%、京都の景観がすっかり変わるはずである。よく建てたものだ。あるいは、随分売ったものだ。こうして不動産・建築業界は急成長を遂げた。その原因は、皆がやたらと新しいものに飛びついたためであろう。だから、今なお町家にお住まいの皆さんが清々しく見えてくる。安易な流行に迎合しない。その点だけで尊敬に値すると思う。

 もう少しいうと、京都の新築住宅ではマンションが6割、これは政令都市では低い方だ。新築着工数の内(2005年住宅統計)、借家が43%、分譲が38%、持家の建替えは19%、2割にも満たない建替えですら住宅メーカーの顧客が大半を占めている。だから、一般市民にとって、家は建てるものではない。買うもの、借りるものなのである。つまり、今京都で家を建てているのは、マンション業者、建売業者、住宅メーカー。そう再生研にお集まりの建築家、工務店の皆さん、あなた方がいくら良心的でも、京都の景観破壊は止まらないのです。彼らの下請けになるか、町家再生をこつこつ進めるしか選択はないのです。

 この意味で、「新景観条例をご存知ですか?あなたの家は建て替えができなくなるかもしれません!」という新聞一面の広告(2007年1月19日)は、たまたま今建替えを考えている一部の持家層の、さらにその一部、おそらく1%にも満たない人への呼びかけでしかなかった。景観政策は、京都市民の建築を規制するのではなく、毎年市内に1万軒以上も建物を建て、景観を変えている少数のマンション業者、建売業者、住宅メーカーへの規制に他ならない。京都市は、彼ら業者に新たな規制をかけることで、市民が望む景観を実現しようと、ようやく重い腰を上げたに過ぎない。そもそも、一人一人の京都市民全員に責任などない。製造物責任を問うならいざ知らず、限られた商品の中から自分の経済力の範囲で必需品を買うしかない一消費者に、京都の景観を考える余裕などないのである。

 だから言いたい。「あなたの家は建替えなくていいのです!」、安易に新商品を探さなくとも、今まで大切に使ってきた思い出の家を美しく再生します。安普請の不良品をつかまされなくとも、ご近所のおつきあいも、周囲の町並みも変わらない街で、今まで通りに、でもちょっと便利に、あなたの「ホンモノの家」を再生します。そうすれば、あなたは京都市民が大好きな町家の町並みづくりに貢献することもできます。景観への貢献は考えなくとも、古いホンモノをもつ喜びを知る人は多いし、これから増えてくるだろうと思う。

 さて、もう一度問う。そんなに新しい住宅がいるのだろうか。京都市内には空き家も多い。スクラップ&ビルドを廃し、ストック重視の住宅政策への転換が叫ばれて久しい。しかし、実情は毎年45軒に1軒の割合で建替わってしまう。そして、スクラップされるのは家ばかりではないし、破壊されるのは景観ばかりではない。その転換が今回の建基法の改正で実現されるわけもないが、せめて新築着工数の落込みが続いて欲しいと思う人も多いはずである。再生研はまだ小さな力ではあるが、この大きな転換の最前線にいて、建築界を大きく変えようとしている。

2008.1.1