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京町家再生研究会

京町家まちづくり調査に参加して考えること

木下 龍一(再生研理事) 
 昨秋から新年にかけて、京都市は第3回目の町家調査を実施している。京町家ネットメンバーも既に多数ボランティア参加した事と思うが、私も平成10年の第1回町家調査の頃を思い出しながら数回西陣地域に出かけた。思い起こせば平成4年頃にも京町家再生研発足前後に、上京や中、下京の町並と町家街区の保存状況を調べて歩いた事があり、何時になっても京都の町に重層する都市文化の歴史は、存続する町家の表情を通じて、私達に強い訴求力を持ち続けている事を皮膚感覚として実感する。西陣の各学区を訪ねてみると、表通り特にバスの通る大街路に面しては、ドラスティックな30m級のビルが林立する姿に、時代の激しい変化を感じざるを得ない。しかしながら、ひとたび小街路の町内に入るや、この数十年間ほぼ変化のない路地奥や昔ながらの町家のたたずまいの静寂に驚かされるという、不思議なコントラストを体験する。

 以前の調査と違って、今回は一度前にカウントされた町家の存在をその場所で確認し、外観からの構造や形式、特徴やメンテナンスの状態について記録し、写真撮影をしてゆくというものだ。立命館大学文学部地理学教室の学生達の協力で、GISの携帯端末機を動員して、瞬時に地図上に記録してゆくので、作業能率と集計速度は抜群である。都市計画地図上に様々なタイプの町家がプロットされ、時間軸上の変化をも含めて確認出来るのは非常に興味深い。膨大な数の町家、特に集住形式の路地奥長屋がそのまま存続し、住まわれ続けている現実に驚くばかりである。ただ以前の調査時と比べて、界隈に機織の音が殆んど聞こえず、生活の活気がさめた様に感じられた事と、幾つかの街角で町家が姿を消し、3階建ての建売住宅街に変貌していた事である。新しい街区は全く京都らしさを失い、どこの町にいるのかわからない思いがした。そして今回調査で更に驚く事に出会った。千本商店街や中立売、北野商店街等古い繁華な町で、既に数十年前から洋風の看板建築にされた町家が数多く存続していたのだ。以前調査で町家である事から外された建物が多かったが、よく見てみると西陣界隈では、1階から立ち上がるモルタル塗りのパラペットが殆んど町家の大屋根までスッポリ包んでいて、棟の鬼瓦がちょっとだけしか覗いていないが、裏に廻ってよく観察してみると、和瓦葺の勾配屋根が垣間見えている。擬洋風の装飾や現代風のテント看板を掲げて、商売替えをした店舗もあるが、昔ながらの家業を持続させている様な老舗が看板建築となって、今尚職住一体の町家経営を続けているのだ。新しくビル化した店も幾らか増えたと思うものの、商店街が総じて古いイメージを維持しているのは、この様な看板町家が未だ半数程存続している為であると考えられる。私は町の活性化と景観美向上の為、この様な全ての看板建築を美しい町家の外観に復元すべきだと思う。京町家まちづくり調査の主旨からして、所有者に自主的改修を薦めるべく、行政側からの前向きの提案があればと考える。準防火地域の指定や木造家屋の防火対策の為、モルタル外壁を塗り廻し、アルミサッシと網入ガラスを嵌め込み、中の伝統木造構法の町家をカモフラージュして、一時商売と町並の近代化を図ってきたものに違いない。社会の変化に対応した地域のユニークな商品企画や現代的アニメーションの復活の為にも、地域特性を考慮した町家再生による商店街活性化が必要なのではないだろうか。耐火建築物の出現や消火栓による実効的な地域の防火区画が成立する中、京町家様式を否定してまでも、個々の町家単位の防火性を担保するより、街区としての有機的な防火対策と地域防災活動を推進しながら、京町家街区としての商店街再生を計るべきである。都市計画行政としての一歩前進した市民による町家街区再生への提案を期待しながら、次段階の京都市全域の町づくり調査に参加してゆきたいと思う。
20 09.3.1