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京町家再生研究会

具体化しつつある京町家の価値の再評価

内田康博(再生研幹事)
 金融機関が町家改修に対して積極的な融資を行う制度を創設するなど、京町家が京都の重要な資産として再評価され、活用が促進される動きが具体的にみえ始めている。特に、前号でも紹介された京町家への建築基準法の適用を一部ではあるが除外する条例案は特筆すべき1歩といえる。この条例案は、来年度を目処とする実際の運用に向け、市民からの意見をふまえて詳細を検討中とのことである。これは多くの市民の間で、そして京町家再生研究会では設立当初からその実現が切望されてきた内容を含み、市の担当部局でも長年の懸案事項となっていたと聞く。

 新条例の根本には、伝統木造建築が、伝統をふまえたものであること、つまり長い歴史的経験にもとづく取捨選択を経て造り続けられたものであること、それを再評価すべきであるという理念がベースとなっている。これまで適用されてきた建築基準法は、そのような歴史的経験を評価することができないから、その適用を除外する必要がある、そうしなければ、文化財等として指定された以外の町家は、遠くない将来には消え去ってしまうという認識がある。

 日本の伝統木造建築がいかに優れているか、それなのに、なぜそれが法的に否定されることになってしまったのか、『日本の伝統建築の構法 柔軟性と寿命』(内田祥哉著)に詳しいので紹介したい。まず、まえがきを抜粋する。
「日本の建築物は明治時代まで、殆どが木造建築であった。その永い経験で、日本建築は、創建1400年を超える法隆寺を支え、民家でも100年を超える多くの長寿命建築を支えてきた。しかし、第二次大戦後は、戦災による圧倒的建築不足を補うための大量新築と、その品質の悪い建築を変えてきたことによって、平均寿命は極度に短くなり、戦後60年余を経た現在でも、平均寿命は40年前後と言われている。年ごとに平均寿命は延びてはいるが、それが第二次大戦以前の木造建築の水準に達することができるかどうか、まだまだ予断を許さない状況にある。」
1950年に制定された旧建築基準法が、この状況への道筋をつくった。基準法以前、市街地建築物法の時代には、住宅など小規模な建物であれば、普通の大工さんが経験で造る伝統工法の建物も担当官の承認を受けることで法規に規定された近代的な構造仕様(基礎、土台、火打ち、柱、筋違、方杖等)の制約を受けずに建築可能であった。社寺建築も含め、伝統木造建築は許可制で、優れた大工、棟梁を頼りに法規からの例外が認められていた。その例外規定が旧建築基準法では抜け落ちてしまった。そのため、多くの伝統木造建築の新築が非合法とされ、既に建っている建物も新しい法律にあわない建物として増改築が大きく制限されてきた。著者によると、同じ年にできた文化財保護法との譲り合いの合間にすっぽり落ちてしまったのではないかと推測されている。
 伝統木造建築の新築が基準法に嫌われた理由として、力学的解析ができないこと、材料の品質が規格化されていないため構造計算に乗らないことがあげられている。ごく最近のE−ディフェンスなどでの実大実験等から伝統木造建築の構造特性の理解が進みつつある状況が紹介された上でのことである。研究は日進月歩で進むと思われるが、その総合は数年または十数年のスパンで解決されるものとは思われない。また、建築の専門教育のなかに以上をふまえた伝統的建築を教えられる人がいないこともあげられている。
  
 以上のような背景の下、新たな条例では、伝統的な木造建築の優れた点を認め、価値を踏まえながら改修し、建築し、安全性等の維持・向上を図ることがうたわれている。前掲書では、現在の木造住宅の平均寿命が23年程であること、一方で日本の伝統木造建築は100年以上の寿命を達成した建物が多数あることから、100年以上持たせることができると確信できることが述べられている。これからの日本の木造住宅が100年以上の寿命を再び獲得できるか否か、そのひとつの可能性が今回の新たな条例の運用にかかっている。その指針は歴史的経験を踏まえた伝統の作法にある。新条例では適用の対象を500件程と想定しているが、市内で数え上げられた4万7千軒の町家はすべて伝統の作法による手入れが必要である。各部の傷みや使い方の変化など、状況に応じて修理、改修することで100年以上の寿命をもつ京都の資産となる。そして、平均23年程の寿命しか持たなかった住宅にかわって、全ての住宅を100年以上の寿命をもつものとする権利を認めるべきと考える。伝統の作法にならうことで、それは可能となる。どちらを選択するかは、そこに住む住民の自由な意志にまかされてよいはずである。


2012.1.1