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京町家再生研究会

往訪調査始まる

丹羽結花(再生研理事)
 私事で恐縮だが、平成7年、小島冨佐江氏に同行して町家を訪れ、住み手の話を聞くというヒアリング調査に参加した。「ずっと待っていたのよ!」と招き入れ、延々と話をする人、無愛想だった人がこちらの発した一言で突然饒舌になる瞬間など、調査のおもしろさ、住み手が抱えている問題の深さを痛感した。今回、この原点に返るような往訪調査に携わることになった。京都市景観・まちづくりセンター(以下まちセン)が主導するもので、市民活動団体の一つとして再生研が参加している。専門相談員として建築図面の作成が可能な建築関係者と住み手の立場で話を聞く京町家マネージャー(仮称)が組み、まちセンのスタッフが同行して、事前に了解を得た対象町家を往訪する。インタビューをまじえながら、建物調査をおこなう。既に7軒の調査が終了し、年明けには第二弾の調査が始まる。ここではこれまでの町家調査から、今回の往訪調査の位置づけを確認し、今後の展望と再生研の課題を考えてみたい。

 周知のとおり、平成7年から8年度「木の文化都市」研究グループがトヨタ財団の助成を受けておこなった悉皆調査により、いわゆる田の字地区内に約8千軒の町家が存在することが明らかになった。初めて実態として数値が明らかになっただけではなく、「戦前に伝統工法で建てられた木造住宅」という町家の定義が定着し、看板建築も長屋も町家、という考えが現在では当たり前になった。アンケート調査回答者の内、了承が得られた先には冒頭のようなヒアリング調査もおこなった。よいところを探して「あなたの家は老朽木造家屋ではなく、町家なんですよ」と言い続けた。調査員はカウンセラーでもあり、アドバイザーでもあった。

 この成果を受けて、まちセンの発足を機に平成10年度「京町家まちづくり調査」がおこなわれた。悉皆調査の範囲を旧市街地の上京、中京、下京、東山区に拡大、28千軒の町家が存在することがわかった。市民ボランティアの動員により、町家の存在とその価値が住み手を含む市民一般に浸透していった。以上二つが第1期調査といわれている。

 平成15年度にはフォローアップとして、田の字地区を中心とした実態の再確認がおこなわれ、既に町家は7千軒に減少していることがわかった。市民意識が高まろうとも町家の実数は減っていく。

 平成20年から21年度にかけては、第1期に相当する範囲に旧街道沿いを加え、新たな「京町家まちづくり調査」が始まる。京都市、まちセンと立命館大学が主催したもので、48千軒の町家が確認できたが、第1期調査範囲では約4千5百軒の町家が消滅していた。町家ブームが起きても確実に町家は減少している。

 この調査において、専門調査員とボランティアの市民調査員は「景観重要建造物に値すると思われる町家」を選択した。平成16年に施行された景観法に基づく京都市の指定制度を見据えたものである。今回の往訪調査はここであげられた約500軒の町家に対して、まちセンが建物調査を照会したところから始まっている。ところが、景観上重要な京町家を指定・登録へと誘導することが主目的となり、文化庁の事業と関連付けられたため、本来の往訪調査の意義が曖昧になってしまった。昨年度10軒あまりを調査したそうだが、今年度から新たに仕切り直すことになり、まちセンから再生研に協力依頼があった。住み手の意向をふまえ、その後のフォローアップをおこなうことが、主な目的であることを確認したのである。

 調査とは、ある実態を知り、原因を分析するためにおこなわれる。しかし、その過程において、住み手が潜在的に抱えている問題点を探りだし、意識を変えていく、というところにこそ、重要な意義がある。そのためには無駄のように思われる会話が必要となる。さりげないエピソードから話をつなぎ、住み手の気持ちによりそい、お互いの人間関係を深めていくことが、往訪調査の基本姿勢なのだ。

 実際、住み手のほとんどがとても丁寧に住まわれており、表面上は問題がないようにみえる。しかし、次の世代のことになると、今すぐ解決できない不安と問題を抱えている。一方、調査をきっかけに家族を集めたというお宅もあり、住み手にとって、家族みんなでこれまでの家のいきさつを振り返り、今後を考えるよい機会にもなっている。建物の実測図面とともに家族や先祖の記録、生業の移り変わりやメンテナンスの苦労をとりまとめた建物報告書が一つの成果となる。ただ、大切なのは「これからのこと」。何か起きたとき、住み手が建物維持のためにどうしたらよいのか悩んだとき、私たちが相談相手になり、維持再生につながることが本当の成果といえよう。

 家族のあり方や生業をめぐる社会的環境が変化しているなか、自分たちに見合った、町家を支え続ける仕事や活用の方法を探し出すことは難しい。建物のきちんとした改修は言うまでもなく、相続問題や維持管理のお手伝いなど、私たちがサポートすべき内容は今まで以上に多岐にわたる。

 しばらく現場から離れていた私は、次々とあふれ出すエピソードのなかでリハビリ中である。この調査をきっかけに私自身も再生したい。

2013.1.1