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京町家再生研究会

龍谷大学深草町家キャンパス——新条例適用の報告会

内田康博(再生研幹事)
 平成25年7月13日、京町家再生研究会の例会として、龍谷大学深草町家キャンパスの改修についての報告会が行われた。京都市伝統的な木造建築物の保存及び活用に関する条例適用第1号の事例で、前回4月13日に行われた、再生研のメンバーで設計に携わった松井薫氏による報告会に引き続き、今回は京都市役所の担当者をお招きし、お話をお伺いした。

 まず司会者から前回の報告会で提出された問題点が報告され、今後その課題の解決を図るための議論をすすめてゆきたいとの主旨を確認した後、京都市の担当者から今回の条例制定の目的、経緯、担当部局などについて御説明いただいた。また、今後、非木造の建物や、解体された材料の復元についても適用していく方針などをお話頂いた。続いて、条例の詳細についてご説明いただき、そのなかの指針で示された内容は、あくまでもガイドラインであり「第2の規準」となって伝統的な木造建築物の保存活用にあたって制約となることは本意ではなく、あえて細かい数値などの内容は入れていないとの主旨をご説明頂いた。これまで建築基準法上は不適格建築物とされ、いずれは消滅するものとされてきた京町家を含む伝統的な木造建築物を、できる限りその価値を損なわずに保存・活用する道をひらこうという担当部局の熱意が改めて感じられた。

 以上の報告を受け、会場から様々な意見が出されたが、特に耐震性の評価について議論が集中した。条例の主旨は歓迎すべきと考えていたが、具体的な事例に適用される段階で、特に「地震に対する安全性の評価」を行う上で、最終的には現行の基準法上の規定と変わらない規準が適用されることになった。当初は、柱梁などの構造体の健全化をベースとすると受け止めていたが、実際にはそうではなかった。たかだか数十年の工学的見解によって千年の経験により裏付けられた京町家の構造を否定してよいのか。千年の経験を素直に見直し、再評価すべきではないか。基準法に反映されている工学的見解はこれまでも時間の経過のなかで、新たな地震の経験や新たな理論、新たな実験等により次々と否定され、新たな規準が作られている。今後も新たな規準が作られ、これまでの規準が否定されることが考えられるが、そのような規準を京町家に適用してよいのか。今回、ハシリニワからその上部の火袋の空間を遮るように壁が追加されているが、京町家で最も特徴的であり、魅力的な部分である火袋の大空間の魅力を今後は活かす事ができなくなることが危惧される。

 以上のような意見に対し、市の担当者からは、本来、保存建築物として価値を認められた建物であれば、その優れた空間構成や魅力を損なうことがないように保存活用されることがこの条例の主旨であるとお話いただいた。そして、文化財など特別に貴重な建物だけでなく、ゆくゆくは京町家全体を対象として基準法の適用を除外し、京町家に特化した新たな規制を設けることで保存活用の道を開くことを目指しているとの力強い考えをお聞きする事ができた。耐震性の評価についても、可能であれば現行規準をクリアすることを検討することを市として提案したとのことであったが、担当窓口ではそのような柔軟な対応が実際にはできておらず、設計担当者もそのようには受け止めていなかったようである。会場の参加者のほとんどは京町家を耐震性能の面からも否定すべきものと考えていないと感じられたが、実際の運用上の問題は解決されておらず、今後の課題とされた。

 以下、私見であるが、近代、現代の木造に関する構造力学の知見は多くの努力により進歩しつつあるが、それを反映した現行の規準では京町家の構造を的確に判定できるところまで到達していないのではないかと思われる。例えば、工学的計算上は、建物はひとつの塊としてまとまって変形し、振動すると仮定されているが、京町家の構造の特性を理解する上でも、また、京町家の実大実験の映像記録からも、地震の時には、実際には決してひとつの塊としてではなく、各部が別々に動き、全体が波打ちながら互いに力を打ち消し合い、力を受け流すことで地震に耐えると考えられる。多くの柱が1階の床から屋根(母屋下)まで一本で通り、しかも柱の長さは屋根の傾きに合わせて短いものも長いものもある。短い柱は速く、長い柱はゆっくりと揺れようとするため同じように揺れる事ができず、揺れを打ち消し合う。また、柱と梁の接合部は単純で、ある程度の動きを許容するようにできているため、大きく傾いても柱を折ることなく元の形に復元し、倒壊を免れることができると考えられる。そのような特性を計算上、的確に盛り込むことができれば、京町家の構造をより理解することが出来るのではないかと思われる。

 また、そのような工学的解析以前に、しなやかに揺れて地震の力を逃がすことができる京町家がそう簡単には潰れないということは、改修に携わる多くの実務者の実感するところではないかと思われる。

 以上のような、京町家をより深く理解する新たな工学的知見、及び伝統に基づく経験上の知見が、今回の条例を実施する上での評価基準に今後反映されることが望まれる。もちろん、京町家の耐震性能をより一層向上させ、同時に空間的魅力を増すような工夫は継続的に必要と思われるが、時間の経過の中で不要とされる可能性のある耐震要素が、京町家本来の魅力を阻害してしまうことのないような運用の改善が望まれる。そのためには、今回はあまり触れることができなかった防火上の安全性の評価も含め、京町家への理解を深めるための議論を継続する必要がある。次回は9月15日、引き続き京町家の構造特性について、木質構造の研究者からお話しを頂く予定である。

2013.9.1