• 京町家net ホーム
  • サイトマップ
  • アクセス・お問い合わせ
京町家再生研究会

町家の構造と耐震性の考え方を共有するために

丹羽結花(再生研幹事)
 7月例会において刺激的な発言をされた京都府立大学の田渕敦士先生を迎えて9月例会(「町家耐震の勘所をおさえる−基準法を越えた町家再生の道筋」)はおこなわれた。その内容は予想以上にわかりやすく、静かで熱烈な講演であった。ぼんやりと私たちが感じていた疑問のいくつかが氷解し、これからの課題が明らかになった。この論考では「素人でもわかるように概略を説明し、構造と耐震性についてどのように考えなければならないのか、その論点を整理するように」という課題をいただいたので、専門家ではない方々も、これまでの論考(議論)を読んでおられない方々も臆せず、お読みください。



 町家再生において、法制度と技術の問題は避けられない。しかし、いずれも専門性が高く、一般人が議論に踏み込むには敷居が高いと思われている。特に伝統構法や耐震性など、構造と性能の問題になると仕組みやデータがわからない段階で、実質的にも気分的にも疎外されてしまう。しかし、専門家ではなくてもその内容をある程度理解することはできるし、議論に参加できるようになる、またその努力も必要であることが今回の例会でよくわかった。

 まず、例会の論点を整理しておこう。最初に建築基準法関連の背景について、その歴史をふまえながら解説していただいた。さまざまな災害、事故、事件が起きるたびに、想定されるできごとには耐えうるような、強い構造が目指されることとなる。そのような積み重ねが現在の基準法といえる。規定としては誰もが簡単にできる「仕様規定」と必要な性能基準を明示する「性能規定」がある。前者は誰もができるという意味で最低の基準となっている。後者は本来、建築の自由度を示す規定のはずなのだが、守られるべき基準を確保するという考え方から、結局は最低基準になってしまう。要するに基準法において、決められているのは「最低」の基準であり、その「最低」をどのようなレベルと考えるのか、が次の問題となる。

 では、町家に要求されている性能とは何だろう。文化財であれば、建築物の形を保存することが重要となるので、壊れない建物にする技術が必要となる。しかし、町家に必要な最低レベルは、形の保存ではない。ここで、町家の保全再生において、守るべきものは何か、という議論が必要となる。田渕先生は、少なくとも技術の伝承ではないか、という。これまでの建築の流れを途絶えさせないことも大切だが、現代という時代の流れと融合することも必要だという。このような観点から町家の構造を見ていくと、確かに工学的な評価が十分に受けられないまま建てられてきたが、だからといって安全性が確保できていないとはいえない。この現状をどのように理解し、今後の方策をどのように立てていくのか、が町家の耐震性の勘所であり、再生の道筋の原点となるのである。

 講演では、引き続き、町家の挙動実験の結果や地震に対する考え方、構造本体である木質の性能に対する考え方などが紹介された。また、木質の性能を生かし、現在の構造補強に合致する耐力壁の開発についても事例を紹介していただいた。だが、この新しい技術も最低これだけはできる、というものであり、これがあれば十分である、というものではない。

 このように町家を取り巻く大きな世界から、支えている細かな部材に至るまで、幅広いお話を伺うことができたが、問題は、上記の原点をどのように考えるのか、ということであろう。伝統工法を工学的に解明し、現代科学技術の目で正しい評価をおこなうのも一つの手だが、そこへの道のりは険しく、手法は難しい。他方、科学技術で解明されている事柄は現代でもほんの一部に過ぎず、新たな災害や事故が起きるたびに、「最低の基準」ができていく。これらは常に後追いの、ある意味では一時的なものであり、これまで培われてきた伝統的な技術を評価することとは最初からなじまない。では基準法とは無関係に独自路線を貫くのか、というのはあまりにも現実的ではないだろう。「原理主義になっていないか」という田渕先生の最後の問いかけは今後の道筋をどのように考えるのか、私たちに覚悟を促しているようだ。

 田渕先生の提言した妥協点は以下の四つである。(1)最低の基準をみんなで考える。(2)建築だけでは生きていけない建築――たとえば、木材の利用など、建築を支えているさまざまな側面があること――を忘れない。(3)時代とともに伝統は変化する。(4)残したいもの何か、共通理解が必要である。これらを念頭において、私たちは町家の最低基準を考えて、作っていかなければならない。当面の課題は以下の三つに絞られる。

 第一に町家の立場を明らかにすることである。文化財として、まちなみとして形を残せばよいのではない。では何を残すのか。木造でつくられた空間、高性能ではないが、シンプルな形で住みこなせる可能性がある空間、そういう空間を作る技術と暮らしのあり方を引き継いでいくという考え方がある。いずれも町家の魅力と言い換えることができるだろう。

 第二にどの程度の安全性を求めるのか、ということである。絶対的な安全や燃えない建物を見出すのか。否、命が助かればよい、その時間が稼げる空間があればよい、というのが本音ではないだろうか。震度6でも壊れない、ではなく、こうすれば助かる、という方法こそ、必要なのではないだろうか。

 第三にそのためには、専門家に議論を任せるのではなく、一般の人々、普通の居住者も議論に参加し、共通理解を得ることが必要である。今回はかなり理念的な話となったが、今後、具体的な建物について、田渕先生とも議論を重ねながら、次の方策を見出していきたい。またこの例会で得た知見を一般の人々と共有する場を設けていきたいと考えている。

2013.11.1