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京町家再生研究会

消費社会の中の町家流通

松井 薫(再生研幹事)
 町家は都市の中の住宅である。都市というのはもっぱら消費することで成り立っている。

 伝統工芸や手工業があり、都市型の生産施設もあるが、それらも自然から供給された素材の二次加工にすぎない。農家のように食物を育てて生計を立てていたり、林業のように山の木を育てて加工される素材を作っているわけではない。そういう意味では、都市の生産施設は求める素材に人が関わっている。人同士のやりとりは、表示(予測した効果)と中身が違えば、人に責任を求めるか、システムに原因を探ろうとする。自然相手であれば、仕方がない、こちらの予測が甘かった、対応を考え直そう、で済むところが、都市の消費社会では、クレームとなり、原因追求の鋭い矢となる。人々は常に品物は商品であり、社会の仕組みの手続きなどもサービスという商品と見る。商品やサービスの対価として支払いが生じるとき、消費者は常に「費用対効果」を価値の基準として考えている。

 だが町家の流通はこの図式では成り立たない。町家の価値の共通理解という基盤が必要だし、町家を求める人が町家再生、保全の主役であり、決して町家という出来上がった商品を手に入れて、消費生活を楽しむ、というふうにはならない。そこには町家への深い思いと理解が不可欠である。この思い違いが解けない限り、町家流通はただの価値のない古家を、いかに価値あるように見せて高値で売るか、という詐欺まがいのビジネスに陥ってしまう。

 消費者として費用対効果で、これならよし、と町家を手に入れた人たちは、住みだしてみると、一転して、物言わぬ町家が住人にクレームをつける声が聞こえるようになる。屋根が傷んでいる、雨漏りを直せ、エアコンをそんないっぱい付けて、重装備はダメだ、そんなに窓をふさいでしまっては風が通らないじゃないか……。新しい住人はまさか自分が消費者から当事者になるとは思ってもみないので、驚いてしまうことになる。その町家の生活の歴史や地域の傍観者ではいられない。悲しいことに消費生活にどっぷりつかっていると(お金を出せば思っている効果が得られる)この町家の声も聞こえない。まずは、これから活用しようとしている人を筆頭に、町家の持ち主、仲介者にこの町家の声を聞くことの出来る感性を取り戻さなくてはいけない。

 町家を賃貸に出している持ち主、それを仲介する人たちも、元の形から改変されているのであれば、まずはその町家をオリジナルな形に戻すこと、形は変えていなくても傷んでいるところがあれば、それを健全なものに戻すこと、を最優先に考えるべきである。しかし、現実にそれを求めると、持ち主側としてはそんなに費用がかかるのなら取り壊しましょう、となるのが大部分であろう。そこで仲介者の説明が重要になってくる。仲介者が、町家の特性をよく理解して、適切に賃貸希望者に説明できるかどうか、これがその後の町家活用がうまく行われるキーポイントになり、京町家情報センターの意義もまさにそこにあるといっても過言ではない。

 それというのも、町家に対しては、たとえ法的な整備がなされ、チェック体制ができたとしても、長い歴史の中で、時には自然の力に翻弄されながら、徐々に修正され安定した形になったものを、その「部分」を捉えて理論化した法的な根拠で、町家の構造全体をカバーしきれるものではないからである。さらにそこで営まれていた生活を再検証することなく、消費社会の中で変化した生活様式(これが構造改変の原因ともなる)を無批判に受け入れて、それをよしとする発想で町家を評価することは、片手落ちといわざるを得ない。

 町家も空き町家が5000もあって、これの活用が当面の問題ではあるが、浮上している空き町家の問題の裏で、4万もの人が(世帯が)町家に居住している現実がある。その中で、町家は暑いだの寒いだの住みにくいだの、言う人たち、町家は美しい、合理的、人間の生活に密着していて無理がない、などと声をあげる人たちというのは、1%程度だろうか、ごく一部に過ぎない。残りの99%の人たちは、こんなものだと、淡々と町家での日常生活を送っている。物言わぬが、町家の存在を支えている人たちである。この人たちに目を向け、生活を検証し、評価することが、町家の声を聴く感性を育てるために今必要なことのような気がする。  消費社会で、消費生活にどっぷりつかった人たちの中に、以前町家で暮らしていた人がいる。今も町家に住んでいる人もいるかもしれない。親の代が淡々と過ごしていた日常が、町家での生活が、大切に思えてくる時がくる。その人たちが町家での生活を再評価し、次の町家生活を継承してくれる若い人たちに伝えること、これをしない限り、いくら法的な整備ができても、費用対効果の中で、町家は壊され続ける。我々世代がちゃんとしてこなかった、日常生活の変化の足元にある町家での生活の継承が、現在の混乱の大きな原因の一つでもある。現在、町家に住んでいる人の生活ぶりを検証する意義はここにこそある。
2014.1.1