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京町家再生研究会

「できること集」に思う

松井 薫(再生研理事)
 今年の2月に「京町家できること集」というのが京都市都市計画局建築指導部より発表された。これはかねてより問題にされていた、京町家の改修時点での建築基準法の扱いを、条文の解釈により基準法の適用除外の部分を明確にしようとしたもので、この前の建基法三条による基準法の適用除外(「京都市伝統的な木造建築物の保存及び活用に関する条例」(平成24年4月))と共に、京町家の保全再生に利便性を与えようとする行政側の姿勢ということが出来る。
 ただ、その内容は従来の法解釈の範囲を超えるものでなく、例えば、屋根の全面葺き替えは出来るが、垂木の取替えは屋根面積の半分以上は出来ない、とか、階段の勾配をゆるくする場合も、現行法規の規定に従うものだけは大目に見ましょう、というようなものである。今回の「できること集」は、今までの窓口対応を、改めて明文化したということにすぎない。

◎町家の特質と建築基準法
 町家は長い歴史の中で、季節の循環、雨風、自然災害などとやりとりをしながら、一定のバランスのとれた形態に落ち着いたもので、建物の維持のためには、こまごまとした修繕や、一定時期が過ぎれば大規模に手を入れることが当然のこととして織り込まれた建物である。これは自然から学べば、その正当性がよくわかる。熱力学の法則に、エントロピー増大の法則というのがある。エントロピーというのはわかりにくい概念だが、簡単に言うと(閉鎖系では)全てのものは使える状態から使えない状態に変化する、ということだろう。建物も閉鎖系にある限り時間がたてば、だんだん傷んでくる、使える状態から使えない状態に変化する。これを維持していくのには、傷んだ部分を次々と取り替えるという方法によるか、ぎりぎりまで使って後は全体を廃棄、再建築するかになる。我々人間を含め、生命を維持する仕組みは、各所で古いものは分解廃棄され、新しい組織が再生されることで継続している。(いずれエントロピーの増大が、この分解再生産を追い越してしまい、個体の生命は終わる)町家の恒常性維持の方法も、これと同じように傷んだところを次々と取り替え、一定期間が過ぎれば大規模に改修を繰り返すというやり方によっている。そのために、部分が取り出しやすく、柔らかく作られており、外力に対しては、一定以上の力では壊れることを前提に作られている。一方、工学の考え方は、時間の流れの中で起こっている事象を時間をとめて取り出し、それを分解して考える。建物では、さまざまな外力に対しては、頑丈に、壊れないように作ることを目指す。建築基準法の定める基準は、この工学的知見に基づいたものなので、京町家の構造や維持の仕方とは、どこまで行っても相容れない。それを法解釈によって、ここまではよかろう、というのは本末転倒なのではないか。

◎建築基準法の目的
 そもそも建築基準法の目的は、第一条に書いてある通り、「公共の福祉の増進」にあるわけで、細かい運用規定によって、それが阻害されるようなことがあってはならない。この中の福祉とは何か。私は「一人ひとりの生きていこうとする気力を後押しするもの」だろうと思う。町家を用途変更して、不特定の人が出入りし利用する施設とする場合は、ある一定の社会的容認の根拠として建築基準法が必要となることはあるだろうが、多くの住宅として使われている町家の修繕や改修は、伝統構法と伝統的な技術、材料で、構造を当初の形に戻す、いわゆる健全化の方向性を持つものについては、建築基準法の範囲外におくべきではないだろうか。細かい運用規定により、例えば、階段の勾配を今よりは少しゆるくしたい、とか、階段の場所を付け替えたいと思っても、基準法からすれば要件を満たさないと知って町家の修繕をためらうことになったり、さらには小さな家で屋根の雨漏りを直すのに、予算の許す範囲で垂木も全て替えたいんだけど、これに確認申請がどうして必要なのか。もうそれならこのまま雨の漏る家に住み続けるしかない、と生きていく気力をなくすような方向に作用したりするようでは、建築基準法の目的にも反してしまうことになる。

◎法と作法
 さらにいえば、もともと法律というのはいくら改正を重ねたところで全能というわけにはいかない。法以前の部分でことが起こる前に未然に防いでいるのが作法だろう。本来は、作法にかなってない行動に対し、それを補助的に罰する役割が法であろう。法さえ侵さなければ何をやっても許される、というのは間違った認識で、それ以前の作法にのっとった行動を重要視すべきである。しかし作法は目に見えないし、わかりにくい。
 町家には建築の作法があり、生活の作法がある。これによってさまざまな社会的リスクに対処してきたのは、町家の長い歴史が証明している。町家の保全再生活用にあたっては、まずは、これらの作法が健全な形であることを確認すれば、法律の適用は必要ないのが原則だろう。
 ただ、今回示されている中には、伝統構法の延長線上にある、新しい納まりも紹介されている。例えば、屋根の垂木と軒桁の間の隙間―面戸に板を入れて隙間を埋めることによって、炎が屋根裏に入るのを防ぎ、延焼の防止ができる、というような方法は、屋根の葺き替えなどの際に、ぜひとも取り入れたいものだ。こういった民間の研究成果をどんどん取り入れていくと共に、時間がかかることではあるが、建築基準法自体を町家の理にかなったものに変えていく努力が、粘り強く続けられなければならない。

2014.5.1