• 京町家net ホーム
  • サイトマップ
  • アクセス・お問い合わせ
京町家再生研究会

「京町家カルテ」に思うこと

木下龍一(再生研理事)
 「あなたの京町家の適切な継承をお手伝いします。」というキャッチフレーズで、公益財団法人 京都市景観・まちづくりセンターでは、町家の所有者に京町家を次世代に受け継いでゆく手がかりとしてもらう為に、「京町家カルテ」作成の勧めをしている。申請手数料が5千円。受付の後、京町家カルテ委員会で検討し、現地調査の上京町家カルテを作成する。更にその内容を同委員会で審議した上で、カルテが交付される。申請者はそのカルテを受け取る時に、作成料3万円を支払うことになっている。
 私が京町家作事組で改修させて貰った町家2軒で、この京町家カルテを作成することになり、この制度におつきあいさせて貰うことがあった。それは、クライアントが金融機関から資金を借りたり、京町家まちづくりファンドの助成金を受ける必要条件として、京町家カルテの診断が必須だったためである。1軒目の時は、(公財)景観・まちづくりセンターの担当者と協働して、カルテの情報を作成した事がある。しかしながら2軒目の時は、作事組の私達による調査が行われた後で、まちづくりセンターから派遣された2名の担当による調査が再度行われ、結果的にはクライアントは2重のカルテ情報を受け取ることになってしまった。
 京町家作事組では、町家改修の依頼があれば、京町家カルテに記される情報に似た様な事柄について、その都度現場調査資料としてクライアントにお伝えする事にしている。通常建物調査をし、改修計画をたて、費用を見積り、改修工事を実行するプロセスにおいて、必ず建物の歴史的情報や現状の損傷について、図面をおこして、健全な状態への修復方法をクライアントに説明する事から着手する。又、予算を摺り合わした上で改修が行われた後、竣工図や記録写真と共に、どの様な改修を行ったかの記録を表にまとめ保存し、いつでもクライアントに報告出来るようにしている。

人の健康を診る医者が、患者の病状や自らの所見、治療の内容を記録して、医療カルテを一定期間保存するのととてもよく似ている。何年かの後、もう一度治療を行う場合や、他の医者に診てもらう場合の重要な履歴情報として役立つことだろう。町家の様な歴史的建造物を町の文化遺産として大切に扱うヨーロッパの国々では、人間の健康と同様建物の様式と現状を記録し、そのデータを基礎自治体に登録する事を全ての建築家に委ねている。そして登録された建物と未登録である物を問わず、およそ半世紀を経た建物は、余程の必要が無い限り壊す事を禁じている。それぞれの国や町において、長時間存続する建築物は、公的なものも個人所有のものも、公益としての景観を形成する要素として、国民や市民の福祉に重要な影響を持っていると認識されているのだ。

 そこで私は町家改修の設計者として、京都の町に存続する京町家についての様式や現況図の記録、或いは改修履歴について、町家の所有者やそれを利活用する人々が、平易に理解出来る情報を出来るだけ多くの人に伝え、残してゆきたいと考えている。現在迄作事組で改修した町家の数も200軒を超え、又相談にあずかり、図面に記録した家を含めると500軒を超えている。唯、京都市内に残されている4万数千軒を超える対象を調査するには、いかほどの時間と労力を要することだろうか。そういう意味で、私は(公財)京都市景観・まちづくりセンターにおいてだけでなく、広く京町家の保存再生を志す専門実務者が、このカルテ作成業務を幅広く共有し、労力の重複を避けるべきではないかと考える。公的補助金制度が活用でき、所有者である市民の負担が少なければ少ない程、良い効果を生むだろう。民間で作成する場合は、相当のリーズナブルな業務価格が設定されるのもいたしかたない。唯、個人情報に関わることもあり、所有者からの申し出があって初めてカルテ作成の機会が生まれるのは当然の事である。

 景観法が制定された為、外観からの京町家調査は大幅に前進した。にもかかわらず、沢山の町家が日々消滅してゆく状況は加速している。固定資産税や相続税が高くなれば、ますます状況は悪化するだろう。市民の福祉と心の情緒安定の為、文化遺産としての京町家の存在は、古都の未来にとってとても重要であるに違いない。全ての町家所有者や想いを共有する市民が、それぞれの町家の正しい文化遺産価値を知り、改修方法や費用についての正しい知識を持てるように、行政と民間は手をつなぎ、役割分担して協働するべきである。その為の小さな制度改革も、将来の大きな成果への確かな道程であるに違いない。京町家カルテを誰もが利用し易く、対費用効果の大きい有効な手段に、活かしていただきたいと考える。2年先には、京町家再生研究会は認定NPO法人に移行する予定である。その機会にこの様な公的任務のお手伝いを分担させていただくのは如何だろうか。

2014.7.1