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京町家再生研究会

京都市京町家の保全及び継承に関する条例−解体届け出制が始まる

<宗田 好史(京町家再生研究会 副理事長)>
 京町家通信(2016年1月vol.103)論考で「京町家の流通促進へ門川京都市長に要望書提出」としてお伝えした経過報告をする。その後、同年6月4日には「これ以上京町家を壊さないために」と題したシンポジウムも開催し、多くの皆さんにご参加いただいた。そのため、新聞各紙やNHK京都放送局が引き続き詳しく報じており、経過をご存じの方も多いだろう。京都市都市計画局都市再生創造推進室が「京町家保全・活用委員会」を設置し、2016年度末まで議論を重ねてきた。京町家ネットからは、小島冨佐江理事長、高田光雄理事、京町家情報センター・西村孝平理事の他、筆者が委員を務めた。3月末の最終会で条例のおおよその骨格が決まり、今年度前半には議会に上程する。

 条例は、町家所有者に取り壊しに際しての京都市への事前届出制度を設けるものである。届出された市は、町家の保全と継承を支援し、様々な活用に誘導することを定めている。届出が義務付けられるのは市内すべての京町家であるが、努力義務に留め罰則はない。一方、町家が集積し趣ある町並みが残る区域では町家所有者は義務として取壊したい旨を届出た後、1年間は取壊すことができない。それに反して取壊した場合には罰則がある。

 一方、届出を受けた京都市は町家所有者に保全と継承を強く働きかけ、所有者の同意をえた上で不動産事業者や市民活動団体に広くこの情報を提供し、複数の活用希望者とのマッチングを進める。その結果、所有者には幅広い選択肢が示された上で保全し継承するように考えてもらう仕組みである。不動産事業者に加えて、解体工事業者からも、町家所有者に対して届出制度を知らせ、条例に沿って保全、継承を検討するよう働きかけることとしている。

 委員会では、届出が義務付けられる町家所有者に対して、所有する建物が町家であることを通知できるか、届出が義務付けられることに同意を求めるべきか、どの義務を怠った場合罰則は必要か、届出から1年を待たずに取壊した場合の罰則は必要かなど、様々な論点が出た。文化財建造物ですら、登録を抹消して取壊すことができるわが国で、京都だけが4万8千軒にも及ぶ京町家に取壊しを思い止まらせるだけの法的な裏付けが可能かという問題である。取壊してほしくないという京都市の強い意志を示すために、罰金は難しくとも、せめて過料を課したいという市長のご意向も伝えられた。

 我々も長年京町家の再生に取り組んできた。だから、自分の家を町家だと認識しない人が多い反面、再生が進み、町家の売買や賃貸が盛んになっていることを知らない人が多いことを知っている。NHKや新聞各紙がどれだけ書こうとも、町家条例の話題は現在お住まいのご高齢の所有者には届かない。その町家を相続することになる遠くに住んでいる子や孫には、もっと届かないのである。だから、実際に処分しようとなって不動産や解体業者を訪ねた時、初めて届出制度を知り、過料を知ることになるだろう。過料の額はもちろん、町家の建つ土地価値に比べたら僅かだろう。それでも多くの京都市民と市がその建物を京町家として保存したいという意志は伝わるだろう。

 遡ってみると、戦前には京町家の約8割が借家だった。住民は次々と入れ替わり、家主は徐々に建替えつつ町並み形成に努めていた。商家等の持家層は次の商家に町家のまま譲り、自らは身の丈にあった町家に移り住んでいた。だから、取壊すことは少なかった。戦後になって、経済成長のためには極めて有効だった持家政策で、多くの庶民が家を建てた。京都では、借家だった町家や長屋を買い取って持家とした人が多い。早くも半世紀がたちすでに2回目の相続となった。遺族で資産を分けるために、町家を取壊して土地だけ売ることが一般化した。そこに土地活用を奨めた業者がいた。マンション業者もいたし、コインパーク屋も熱心に勧めた。逆に、貸したりしたら取られるぞと脅すこともあった。こうして、戦後の小持家層の子孫たちが、知らない内に京都都心の京町家を壊してきた、それが時代の常識でもあった。そんな常識は少しずつ変えていかなければならない。

 戦後になってもしばらくの間は、長男さんが町家とご商売を一人で相続するが多かった。弟さんや女兄弟さんは財産分けで満足し、生家をお兄さんに託した。今ではそんなやり方は珍しくなった。兄弟姉妹皆平等に分けている。それぞれに連れ合いがいて、子供がいる。もう孫までいる。だから、家を守る常識も変わってきた。だから、急いで売らなくても、急いで分けなくてもいい方法があれば、次の人たちに生家を託すことができる。その町家を受継いで住みたい、使いたいと思う人が着実に増えているのである。

 この稿ですでに紹介したように、京町家の流通は盛んになった。住みたい人、店を持ちたい人だけでなく、ますます増える観光客を見てゲストハウスに、町家ホテルに活用したい人が町家や長屋を探している。日本一の観光都市京都ゆえに、東京だけでなく海外からも引合いが増えているという。

 盛んな流通は、まだ京都だけの現象だろう。しかし、関西を中心に全国の重要伝統的建造物群保存地区の町家に移り住む若者が目立つようになった。アーティストが多い。ギャラリーや個性的な飲食店を開く若者が多い。元の住民が住み続けられないなら、そんな新しい住民に託するのも悪くない。歴史的都市景観が守られ、古い建物が保存されているヨーロッパでは、そもそも昔からの住民などすでにいない。市民革命や産業革命があったのだから、貴族もいなければ老舗も消滅した。残っているのは建物だけ、末裔を名乗る人がいてもその建物は所有していない。その家族が家を手放したから残ったのである。

 だから、今後は地方でも町家や民家の流通が活発になるだろう。歴史ある建物は永遠に残る。残したいと思う人が多いからである。しかし家族は代々続かない。続ける必要もない。高度成長期に流行った一時の悪習を改め、町家を本当に好きな人に譲る京都人本来の習慣を取り戻そうという市民の思いを汲んで、京町家の保全と継承の新条例が制定されようとしている。

<宗田 好史(京町家再生研究会 副理事長)>

2017.5.1