• 京町家net ホーム
  • サイトマップ
  • アクセス・お問い合わせ
京町家再生研究会

町家をひとくくりにして考えない−大工から設計者に伝えたいこと

お話 大下尚平(京町家作事組)  
文責 丹羽結花(京町家再生研究会)
協力 森 珠恵(京町家作事組)  
 第3回設計塾では、釜座町町家で、改修設計の基本をテーマに木下龍一さんが解説したあと、大下尚平さんが大工として設計者に伝えたいことをお話ししてくださいました。
 大下さんは京町家作事組が開催している棟梁塾の第1期生であり、その体験も踏まえて、若い人たちにとても丁寧に語ってくださいました。町家再生に対峙する基本的な姿勢が明確に打ち出されており、スタッフもいろいろと考えさせられました。
 実りの多いひとときでしたので、その様子を再構成してお届けします。町家再生にとって大事なことはなにか、現場の気持ちをお聞きください。


● わからないから学ぶ
 棟梁塾に参加するきっかけは、私が大工見習から少し成長して、町家改修の現場に携る機会が巡ってきたとき、町家の構造が現代の木造の建物と違うことに驚くとともに、改修の方法もまた違うのではないだろうかと疑問を持ったからです。職業訓練校で学んだことと、実際の町家の現場は違いました。
 どうやってなおしたらいいのかを学びたくて入塾し、2年間学び、その後さらに2年、町家改修の経験が豊富な大工さんのもとで学びました。

● 釜座町町家の再生
 釜座町町家再生プロジェクトの目的の一つが若手育成でもあり、多くの棟梁塾1期生が力を発揮しました。現場で学ぶことはかけがえのない経験でした。
 町家をなおす時は調査から入ります。町家は長い年月のあいだに増改築が加えられ、本来の姿から形を変えている場合がほとんどですが、その場合どう改修するのか判断が難しくなります。釜座町町家の場合、柱の沈下が最大12センチもありました。柱の根元が腐っていて宙に浮いているところもありました。足元が下がると全体も歪んできます。
 釜座町家の場合、大黒柱を基準にジャッキアップや、歪み突き、場所によりワイヤーで引っ張るなど、できる限り普請されたときの状態へ構造を戻していきます。隣家との関係でどうしても触ることのできない場合も多くあります。また厳密にミリ単位で戻すと辻褄が合わないこともあります。普請時も1分や2分くらいは大目に見ていたのだと思います。

● 答えは目の前にある
 町家には決まりごとが多いので、たくさん町家を見てなおしていけば、ルールがわかってきます。原状は違った形になっていても、順にほどいていけば、町家には痕跡が必ず残っています。釜座町町家では尾垂廂の復元が話題になりますが、アリ束の痕やほぞ穴など、大事なところは現場の痕跡に答えがあるものです。構わずにバッサリ壊してしまうとわからないままになってしまいます。だから丁寧にほどいていかなければなりません。また、シロアリの入った痕があれば、雨漏りはないか、排水が漏れていないかなど、シロアリの好む条件から原因をつきとめ、改善しなければなりません。湿気の原因には現代的な理由が影響していることが多いようです。

● 順番を間違えない
 構造と屋根をなおさないと元も子もなくなります。何が大切なのか、順番を間違えてはいけません。あとで構造をなおすことはできませんから、最初に構造をきちんとなおさないといけないのです。
 町家をなおすと坪単価では高いといいますが、おしなべて考えてはいけません。まずやらないといけないこと、お金をかけてもなおすべきところがあり、そちらを優先しなければなりません。設備やしつらえなど後回しにできることは調整すれば良いのです。

● 学び続ける
 釜座町町家のとき、一番難しかったのは炉の切り方でした。茶室のことがわからなかったからです。現場が終わってからほどなくして、私は茶道を習うことにしました。
 大工が道具の扱い方を知らなければ建物をなおせないように、茶室のしつらえがわかっていなかったら、茶室を触らせてもらえません。以前の現場でも、茶室は別の大工さんが入るということがあり、残念だったのです。
 現在らくたびさんが入居している旧村西邸を改修した時は、真行草の床、お茶室、庭などいろいろな要素があってとてもおもしろかったです。茶道を学ぶのと同じように、陰陽や五行などの思想を理解して考えながら仕事をしないと筋を外してしまうことがあります。再生に関わるからには、わからないことを常に学び続ける姿勢が大事になります。改修現場から学ぶことも多くあります。

 「次の大工が困ることはしない」
 質疑応答も含めて、大下さんがこの講義で何度も発したのが、この言葉です。現時点の個人的な判断で無理をしてはいけないという意味でしょうか。現代的な仕組みや施主の要望により、いろいろな変更を加えるとしても、絶対やってはいけないことは「次の大工が困ることをしない」という基準です。この言葉には、次の世代にまたこの町家をきちんとなおしてもらいたい、という思いが込められているようです。今、私たちが関わっている「再生」は、次の時代に引き継ぐための使命なのです。
 そしてもう一つ、「町家はひとくくりではない」という言葉も何度も繰り返されました。長屋から大店、また洋や数寄までさまざまな町家があり、それぞれの家に施主のこだわりがあります。その町家の魅力を施主にきちんと伝えること。町家の欠点もきちんと報告すること。そのようにして町家の全体を考えることが必要なのです。大下さんの再生への意欲が若い受講生にも伝わったでしょうか。
 この日、もう一つ印象的だったのは、歪み突きの説明で、木下さんが「あるときふわっと全体が戻ることを感じるときがある」という言葉でした。このような「息を吹き返す」瞬間を感じられるからこそ、きちんと「再生」したいという気持ちが強くなるのでしょう。この感覚をより多くの人たちに感じてほしい、というのが設計塾を支えているスタッフの願いです。


2018.3.1