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京町家再生研究会

上質宿泊施設誘致制度−急増する民泊と町家



 世界中の観光都市で観光公害が拡大している。理由は簡単、LCCと中国人客増加で過去10年間に海外旅客総数が5割も増えたからである。パリ、バルセロナ、ヴェネツィアと並んで京都でも深刻化したのは皆さんご存知のとおりである。その都市の人口と観光客数との比をみると、京都よりバルセロナははるかに深刻だという人もいる。しかし、西欧と比べ中国に近い分むしろ被害は大きいという人もいる。もう一つの側面から見ると、入洛観光客数は年々減っているが、それは日本人の減少分を滞在日数が長い外国人が大幅に増えたことで補っている。しかも、総宿泊者数が急増、だから雨後の竹の子のようにホテルや簡易宿泊所が増えた。それも外から建てに来る。でも、ホテル不足は解消されないという。
 そこで、京都市はこれまでホテルが建てられなかった用途地域に例外的に建築を認める新制度を昨年度から2021年度まで続ける。説明に苦しむから「地域の生活と調和した質の高い宿泊施設の誘致」と京都市は言う。建てられない地域とは、工業地域、住居専用地域、そして市街化調整区域である。一定条件を満たした施設は、京都市が窓口となって必要な手続きをワンストップで支援するという。宿泊施設だけに限って、見境なく特例を認めようというのは京都市が初めてだという。
 工業地域にホテルや会議場、テーマパークや商業施設を建てたのは1980年代、産業構造転換で遊休地化した臨海工業地帯をウォーターフロントと呼んで開発した。内陸都市でも、インターチェンジや鉄道操車場跡地の2000年代の再開発でよく見られた。京都市でいう市街化調整区域、つまり市街地周辺の農地には、農家が経営する農家民宿は世界中で認められていた。京都市もそれに倣い、地元農産物を利用したレストラン付のオーベルジュを挙げ、宿泊者数よりもレストラン席数が多く、客室は3室以上を認めるという。他にも、古民家の再生したホテルで、スイートルームを備え、最低客室面積が40u以上の最高級ホテルの誘致を想定しているという。これ以上の入込客増加を望まない京都では、エコノミークラス室数を減らし、ファストクラス優先、豪華ホテルと“街中の小宿”を増やしたいのである。
 この“街中の小宿”が住居専用地域での“上質宿泊施設”である。この住居専用地域には、私たちの京町家はあまりない。伏見に続く道沿いに住居系用途地域があるものの、京町家は都心3区と伏見区で主に商業地域、近隣商業地域にある。住居専用地域とは下鴨、嵯峨、桂、山科等である。京都市は地域を活性化する宿泊施設を誘致するとはいうが、活性化があまり望まれない地域でもある。
 昨年の民泊の議論(住宅宿泊事業法)でも問題になったのは、急増する不慣れな観光客と事業者の迷惑行為にあった。中国人の多くが、生れて初めて海外旅行で初めてインターネットを通じて、初めて民宿に泊まる。そこに居住者不在型の民泊、賃貸マンションでより高い利回りを得ようとする業者が不慣れな民泊を始める。上手くいくはずがない。そのトラブル被害は、関係もなく無垢な周辺住民に及び、それを止する方途がない。住民が悪徳不動産業者による“民泊公害”に晒され、町並みが壊され、京都の風情が損なわれる。
 この背景には、人口減少で住宅需要が先細りの中、長年の成長モデルから転換できない業者が賃貸マンションの供給過剰を起こしている問題がある。借入金が大きく、次々と建てては分譲し続けないと、資金繰りがつかないのである。経営破たんしたスマートデイズ社の女性向けシェアハウス「かぼちゃの馬車」事件では、スルガ銀行が悪意に満ちた審査偽装でこの悪事に加担し、詐欺紛いの勧誘で多くの善良な被害者を苦しめているといわれる。現在は、サブリースで家賃減額で家主を破産に追い込むと言われるレオパレス21が注目を集めている。
 この2社ほどではないだろうが、京都なら余った部屋を民泊で運用という安易な発想で参入する業者が多い。これまでもほぼ十年ごとに起きたマンションによるまち壊しの再来になるところだった。民泊ブームを悪用する輩を阻止するために民泊条例は役立っている。そこに、新たな抜け穴をというのが、この“上質宿泊施設”制度になるかもしれない。
 街中で民泊によるまち壊しを止めるなら、郊外を狙えとでもいうのだろうか。住居専用地域なら賃貸マンションは建てやすい。高齢者の独り住まいや空き家が多く、土地活用した地主も多い。民泊で高利回りをと謳い、サブリースで最初の5年家賃を保障し、多額の借金で相続税対策をと唆し、次々と安普請の手抜き工事をしたい業者の思惑が透けて見える。直接の被害者は善良で高齢な京都市民になるだろう。そして、世界文化遺産周辺の景観が壊され、伝統文化と歴史風致が損なわれるだろう。
 今までもそうだったように、問題の本質を見定める必要がある。観光客が増えるのは止めようがない。京都だけで増えているのではない。日本人が減り、日本人観光客が減る時代、皮肉なことに世界中で観光客が増えている。1990年に4億人だった国際旅客数が、2000年に6億を超え、2013年に10億、2022年に14億、2030年には18億人になると予測される。関空の混み具合を見れば分る。我々だって豊かになれば海外旅行に出かけた。
 要は、この影響をどう受け止めるかというまちづくりの考え方、技、ルールづくりにある。町家や町並みを守るために人々を貧しいままに置くことはできない。核家族化や独居を禁止することもできない。風呂のない下宿で若者に我慢を強いることもない。だから住宅は常に更新し、店もオフィスも、ホテルも増減を繰り返す。ただ、その折々に町家と町並みを守ろうという考え方を再確認し、技を駆使し、ルールを改めるのである。油断すると、隙間を縫うように荒稼ぎに走る悪徳業者が出る。火事場泥棒である。この動きに対抗することこそ、本当に良質な宿泊施設を誘導する仕組みづくりになる。羊の皮を被った狼に騙されないように、的確な対応策がいる。住居系地域の宿泊施設を検討する場合、都心部での民泊同様に、きめ細かい安全対策は元より、周辺住民との協議、ルールづくり等を義務付けること、一段と厳しい景観規制等を、設置者に求めることになるだろう。

< 宗田好史(京町家再生研究会)>
2018.9.1