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京町家再生研究会

地域の課題 その1
明倫学区地域景観づくり協議会から
京町家新条例のあり方を考える



 まちなかが急激に変貌するなかでまちづくりに携わる地域住民はどのような課題を抱えているのだろう。再生研本部のある中京区明倫学区は地域景観づくり協議会(以下、協議会)に認定されている。京町家通信でもすでに数回報告した通り、京都市市街地景観整備条例に基づき、新築や改修、看板の設置など景観関係の手続きが必要となる場合、事業者は手続きに先駆けて、地域住民と意見交換をおこなわなければならない。実際に地域住民が意見交換の場で直面している課題を整理しよう。
 京町家の解体やホテルをはじめとする新築物件が増え、意見交換の開催頻度が増えてきた。しかし、協議会には強制力がないため、要望が受け入れてもらえない場合も多々ある。制度の本質からいえば、事業者がまちなかの実態を理解し、地域住民の気持ちを受け止め、より良いまちづくりに協力していただくきっかけとなる仕組みであるはずだが、最近は、事業者が自身の意向を強硬に押し通すような事例も生じている。もちろん、事業者が何らかの配慮をおこない、検討する機会にはなっており、いずれ「明倫学区ではなんらかの配慮が必要」という意識が業界の方々に浸透していくことと信じて、地域住民は地道な活動を続けている。
 意見交換の効果は確かにある。最近開業したホテルは、当初計画からすると地域住民に配慮したものとなった。交通渋滞を緩和し、安心安全な通りを確保するため、敷地内に駐車スペースを設ける、近隣に圧迫感を与えないデザイン、穏やかな看板などの表示も実現した。祇園祭にはすっきりした幔幕や通行止めの柵を工夫するなど毎日まちで過ごす運営者自身はこのまちにふさわしいホテル経営をめざしていることがわかる。それでも近代京都の基盤をつくった実業家の屋敷跡は消え、奥にあった庭の空間は失われ、隣接する家屋を始め、周辺の居住環境へ与える影響は大きい。
 一方、京町家の店舗改修事例では、本来の町家の特徴を理解していないものが増えてきた。元あった格子を取り外す、足元まで見えるような全面ガラス張りにするなどの事例が増えている。1階の天井を抜き、大空間を作るものもある。
 広告物の設置については、食材を大写しにしたカラー写真や漫画ポスターのような看板などが増えてきた。もともと明倫学区の界隈は卸業者が中心で、宣伝の必要がなかったが、複合ビルが増え、ホテルが新築され、主張する看板が増えてきた。着物や和装小物など、京都や日本のデザイン、伝統を担ってきたまちの人たちの美意識も変わっているのかもしれない。
 最大の課題は、京都市担当者間で情報が共有されていないことである。同じ景観政策課でも建物と広告担当は異なるらしい。それぞれの制度は事細かいが、建物や町全体を見通す仕組みにはなっておらず、総合的にまちづくりを支える制度にはなっていない。「京都市ではOK と言われた」などと事業者が主張すると、意見交換を受ける協議会が矢面に立つことになる。
 明倫学区はマンションを含め多くの住民が暮らす場所であり、そもそも開発自由な商業地区というわけではない。職住共存の実態と将来像にふさわしいルール作りには、京都市側の横断的な対処が必要であるが、今のところその一部を地域景観づくり協議会が担っているといっても良いだろう。少なくとも条例が最低限のルールであることを前提とし、地域性を加味した条例以上のルールを明文化していく必要がある。
 協議会が抱えている課題は居住環境の課題でもあり、京町家保全再生の課題にも直結している。単体の京町家が残っても、京町家を取り巻く周辺環境が悪化すれば、住む人にとっては苦労が増えるばかりだ。歴史的に市街地の集住システムを支えていたのが京町家の造りであり、隣り合う京町家が自然資源を共有しながらお互い共生できる仕組みを作ってきた。それらがまちなかに住まいする上での心得や暗黙の了解につながり、地域住民の見識を高めてきたと考えられる。
 これからも地域住民が安心安全に暮らせるまちづくりには京町家の保全再生が基盤となる。京町家新条例が京町家を残すために必要な制度として機能するためには、建築基準法、都市計画法、広告物の規制などをバラバラに運用するのではなく、総合的に取りまとめる力や手段が必要となる。行政ができないのであれば、協議会のように地域にある程度任せる仕組みにすれば良い。ただし、地域住民の負担を軽減するために個別の課題に応じて行政の担当部署がすぐ動いてバックアップしていただかなければならない。京町家新条例をきっかけとしてまちなかの居住環境をどのように維持していくのかという考え方になれば、まちづくりと一体となった解決策の糸口が見えるのではないか。積極的に地域住民を巻き込み、地域住民の主体性を尊重しながら、支援を手厚くする方針を京都市には検討していただきたい。


< 丹羽結花(京町家再生研究会)>
2018.11.1