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京町家再生研究会

町伝統的町並みの防火規制の緩和について

室崎益輝(神戸大学都市安全研究センター教授)
 伝統的な都市景観が失われていく大きな原因の1つとして、町家などの伝統的なファサードを「危険な裸木造」とみなし、その建替え等においてはその再生を認めない、「杓子定規な建築法規の壁」がある。ご承知のように、都市における市街地は、防火地域もしくは準防火地域に指定されるのが、常である。京都市の市街地も例外でない。この防火に関する地域指定を受けると、野地板垂木の軒や杉板を張った外壁は、「防火構造」でないということで認められない。このため、悪貨が良貨を駆逐するように、モルタル壁が板壁を駆逐して、「美しい町並み」が「醜い町並み」に変質してしまう。

 この「悪弊」を打ち破るためには、全国一律基準の画一的な適用を排して、伝統的な町並みに即した独自の基準を用い、町並みの景観の保全と防火安全の確保をはかっていくことが、欠かせない。この考えに基づいて、私たちの京町家再生研究会は日本建築学会の「京都の都市景観特別研究委員会」と連携して、「景観形成型防火地域制」を京都で実施することを提唱してきた。

 この景観形成型防火地域制というのは、歴史的景観の継承発展が求められている地域については、現在の防火地域や準防火地域の指定を外して、その代わりに京都独自の防火規制を条例等で定めるもので、景観と防災を両立させることを眼目にしている。具体的には、町並みデザインの基準とコミュニティ防火のルールを組み込んだ「地区計画」や「建築協定」で縛りをかけ、歴史的景観の保全と町並みの安全確保を同時にはかることを、企図している。

 ところで、京都市はこの7月末に、歴史的景観を継承すべき地域について、自主防災活動が活発に展開されていることを条件に、防火地域または準防火地域の指定を解除する方針を明らかにした。また、その手始めとして「祇園町南側地区」で防火規制の緩和が図られるとのことである。これについての詳細が明らかでないので、この規制緩和についての拙速な評価は差し控えたいが、いままで非合法とされていた伝統的な様式の建築が、部分的にしろ合法化されることになり、町並み景観保全の1つの障害が取り除かれることになった、といえよう。私たちが主張していた、法規の画一的な運用の弾力化が図られた、ということでは、素直に評価したい。

 ただ、ここで留意しておかなければならないのは、景観の保全や継承を優先するあまり、防火の安全性の確保を疎かにしてはならない、ということである。人の命は、なお重いからである。ここでは、自主的な防災活動が充実しているということだけで、従来の防火規制の緩和を安易に図っていいのか、という疑問が残る。もっとも、網入りガラスと木製格子をセットにする、モルタル塗りの壁と腰板張をセットにするということが、緩和の条件として盛り込まれると聞くので、防災を軽視しているとは言えないが……。
 ここで問題なのは、そこで考えられている防火の対応が、必要とされる防火性能を保持するものであるかどうか、また伝統的な様式を継承するに足るものであるかの、科学的あるいは様式的さらには機能的な検討が十分なされていない、ということである。実験などの科学的検討を踏まえ、さらには性能設計の視点からの評価を行って、防火安全性の側面から問題のないことを明確にしなければならない。また、アルミサッシやモルタル壁が環境共生を重んじる伝統的な町家文化に抵触しないかの、検討も必要であろう。
 ところで忘れてならないのは、景観と防災の両立と統合の要点が、町並みと町家に継承されてきた伝統的な防災技法を科学的に評価し正しく発展させることにある、ということである。木に竹を接ぐことではなく、木にエネルギーを与えて育てることに、真の解決の道があることを、今一度強調しておきたい。

 私たちが提案している「景観形成型防火地域制」は、伝統的な防火技法の積極的な継承発展をはかること、家並みなどの相隣的な空間コントロールに依拠すること、水利などの防災インフラの充実をはかること、防災と景観保全のための包括的なデザインガイドを提示すること、などを骨子にしている。空間の秩序の文化に、安全性の担保を求めているのである。この私たちの提案を、京都市においても受けとめていただき、科学的で文化的な環境創造に、歴史的な一歩を踏み出すよう願いたい。