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京町家情報センター
京町家に移り住んで──H邸


 2011年の8月に東山区の建仁寺の近くに住み始めて、もうすぐ一年になろうとしている、クラフトサイエンス一級建築士事務所 代表の安井 正さんに京町家に住むということについて語っていただきました。
聞き手:株式会社八清 営業担当 浜田真以子

——住み始めていかがですか。
 引っ越した当日、夕立が降りました。それまでマンション暮らしが長かった私にとっては、屋根に打ち付けるザーッという雨粒の音が、とても身近に、新鮮に感じられました。4歳の娘に「怖くない?」と聞くと「雨の音、好き。きれいだから。」といったのには驚きました。自然がこんなにも近くにあるのか、というのが京町家に移り住んで最初に感じたことでした。確かに京都の夏の暑さ、冬の寒さは厳しいですが、いまのところ夏はエアコンもなく扇風機で、冬は床暖房をダイニングキッチンに入れ、ガスヒーター一台と、オイルヒーター一台で過ごしました。あとは着るものを重ね着するなど、工夫次第で何とかなるものだと思いました。次の冬には、知人からいただいた火鉢を使ってみようと思っています。

——ご近所さんとのお付き合いはいかがですか。
 次に感じたことは街に住む「人の力」です。街の人とのかかわりが、以前のマンション暮らしのときとは質、量ともにガラッと変わりました。近所の人が、突然ガラガラっと玄関の戸を開けて、「これ食べてやー」とおすそ分けを持ってきてくれたり、家の前に打ち水をするときに隣の家のほうまでやるのが普通だったり、うちの子供たちが隣のオッチャン、オバチャンが大好きで、しょっちゅう上がり込んでは入り浸たり・・・といったことが日常になりました。地蔵盆、町内会の運動会、えびすさんのお祭りなどにもお誘いいただいて、町内の方々がさまざまに協力し合っていることを知り、いろいろと教えていただきながら参加し始めています。昔ながらの地域の活動がいまだに息づいていることが京都の町の底力となって、京の生活文化の豊かさを保っていることにあらためて気づかされました。

——この家を選んだ決めてはどこにあったのでしょうか。
 私は住宅の設計をしている建築士で、自宅の一部を仕事場にしています。妻は洋服と日用雑貨を扱う小さな店を半年前からこの町家で始めました。小学校と保育園に通う二人の娘との4人暮らしの職住一体の暮らしです。そもそも町家のつくりは生活と生業が混在したなかに、公と私をたくみに切り分けながら秩序づける構造をもっています。私たちの家も街路に面して土間と二畳の間をもち、そこを使ってすぐに店を始められそうだったことが、この家を選ぶ決め手となりました。

——京都というまちについてどうお感じですか。
 家を持ち、維持し、暮らしていくのはそんなに単純なことではありません。ましてや新しい土地で、新しい仕事と暮らしを立ち上げていくのは容易なことではありません。それでも、ともかくスタートが切れて、一年間歩み続けてこれたのも、京町家や京都の文化の、ときに気の遠くなるような厚みや奥深さに守られ、支えられているからなのかもしれません。伝統的な生活文化というとなにやら抽象的で、分かったような分からないような気もしますが、日々実感として思うことは、心の落ち着きや心の充実した時間を生きるための工夫の集積みたいなものが生活文化なのだと思います。私たちも、京町家に住み、京都の生活文化を守る一員として、自分と家族が育っていかなければならないと感じています。

2012.7.1