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京町家友の会





 はじめに

 祇園祭の巡行の最後の山、南観音山には楊(よう)柳(りゅう)観音(かんのん)さんと善財童子はんが飾られていますが、お囃子の人に囲まれて、よく見えません。でも、宵山に見に行くと、観音さんの横に子どもの人形が飾ってあります。これが善財童子はんです。観音さんというのは、普通は一人だけなのに、なぜここでは、いっしょに飾ってあるのでしょう。それは、フダラカ山(さん)という所で二人が出会ったというお話があるからです。二千年ほど昔にインドでできた華厳経(けごんきょう)というお話です。
 南観音山の町内の子供たちには、お地蔵さんがないので、八月の地蔵盆には善財童子会(え)をします。でも善財童子はんてどんな人か、みんな知りません。もとのお話が、すごく長くて、むずかしいお話だからです。それで、この会(かい)のために、このやさしいお話ができました。そして初めは東京風の標準語でした。でも、町内で初めて『フダラク山(やま)』をお祭に出したのは応仁の乱より前のことですから、まだ江戸という町さえなかった時代です。そのころは、このお話は今よりも有名で、牛若丸と弁慶みたいにみんな知っていたはずです。きっと町内の大人が子供たちに、京都のことばでこのお話をしていたことでしょう。それでやっぱり京都のことばを使うことにしました。
 ところが、私たちは、いつも京都のことばを使っているのに、それは話しことばだけで、書きことばがありません。標準語の話しことばが百年ほど前にできたとき、標準語の書きことばも、できるだけ話しことばに近く書けるように書き方が決まりました。でも、たとえば「ははは、ははいい」は、漢字を使って、「母は歯は良(い)い」と書いて初めて「ハハワ、ハワイー」と読めます。これが京都のことばになると、漢字がわからない場合も多く、読みづらくなります。そこで発音通り「母わ歯わえー」と書くことにしました。方言が読みにくいのは、決っして、まちがった、きたないことばだからではありません。書くこと読むことに慣れていないからなのだと思います。

 来月から「善財童子はん」のお話しが始まります。どうぞお楽しみに。